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ミッちゃん・インポッシブル

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 彼の話を要約すると、彼は生き物を巨大化する薬を完成させた、それは来るべき食糧難に備えての研究だったのだが、それをかぎつけ、軍に売りつけて一儲けをたくらんだマフィアに狙われている事を知った、研究室や自室が荒らされたのだ。
 危険を感じた彼は試薬と製法を収めたカードをボンゾの首輪に隠し外出を控えたが、しばらくはマフィアの動きもなかったので、つい気を許してボンゾとセントラルパークに散歩に出たところを襲われて拉致されてしまった。
 マフィアは彼がそれらを肌身離さず持ち歩いているものと考えていたが、いくら探しても見つからないので手荒な尋問の末、ボンゾの首輪に隠されている事を聞き出してセントラルパークを探し回っていた……。
 そして、たまたまそのボンゾを保護していたのが正と光子だったと言うわけだ。

 その間も光子は懸命に縄を齧り続けていたが、ようやく半分ほどと言った所。
 しばらくすると車で出かけて行った男が、年老いた白衣の男を伴って戻って来た。

「どうやらSDカードに収まってた製法は本物らしいぜ」
「うむ、思ったよりずっと簡単な原理じゃったよ、でもまあ、今まで誰もひらめかなかったんじゃからそいつは中々の天才じゃな……なあ、天才君、この薬で生物はどれくらいの大きさになる?」
「大体二倍くらいだ」
「それは体重でかな?」
「いや、サイズだ」
「ふむ……だったらその子犬は丁度良い実験動物になるな、倍のサイズになった所で体高60センチくらいじゃろう? 中型犬と言ったところじゃからな」
「そうですかい、こいつを残しておいて良かったな」
「やめろ、ボンゾにそれを注射しないでくれ」
「ひひひ、お前さんにとっちゃ特別な犬なんじゃろうが、わしらに取っちゃどこにでもいる子犬じゃからな、お前さんのその頼みを聞いてやる義理もないんじゃよ」
 年老いた白衣の男は注射器を取り出してボンゾに試薬を注射した。
「さて、見ものじゃな……おお、即効性も文句なしじゃな、どんどん大きくなるぞ……待てよ、もう三倍にはなっているぞ、おい、これはどういうことだ」
「二倍って言うのは嘘さ、本当は十倍になる」
「なんだと! いかん! 十倍になったらこいつは体高三メートルの化け物になるぞ、うわぁぁぁぁ!」
 見る見るうちに大きくなったボンゾは年老いた白衣の男に飛びかかって前足で押さえつけた、サイズで十倍と言うことは体積、体重なら十の三乗で千倍、四キロほどに過ぎなかったボンゾだが、今やその体重は四トン、年老いた白衣の男はトラックに轢かれたも同然、押しつぶされてしまった。
「この化け物がぁ!」
「くたばれ!」
 黒スーツの二人はそれを目の当たりにして、銃を乱射し始める。
 いくら四トンになったボンゾとは言え、至近距離から撃たれれば傷つき、血も飛び散る。
「ボンゾー!」
 攻撃され、野生を呼び覚まされたボンゾは飼い主の叫びも耳に入らない様子、黒スーツの二人に襲い掛かる。

 その時、正の縄が噛み切られた。
 正は素早く光子ハムスターをポケットに入れると、若い科学者の縄を解いて抱きつくようにして倉庫の隅へと押して行く。

「ボンゾ! やめるんだ! お前ら! ボンゾを撃つなー!」
 若い科学者は取り乱してボンゾに駆け寄ろうとするが、撃たれて興奮しているボンゾに近寄れば何が起きるかわからない、正は必死で彼を抑えた。

 バリッ、バキッ。
「ぐえっ……」
「ぐわっ……」
 黒スーツの二人はボンゾに頭を噛み砕かれ、もう二度とヤンキースの試合を見ることはできなくなった。
 そして、十数発の弾丸を至近距離から受けたボンゾもドサリと倒れこみ、飼い主に悲しげな眼差しを送り『クゥーン』と悲しげに一声鳴いた……。

「ボンゾー!」
 もう正も彼を止めない、彼はボンゾに駆け寄った。
「ボンゾ、しっかりしろ! 助けてやるからな! ボンゾ、死ぬな! ボンゾー!」
 若い科学者の必死の叫び……しかし、ボンゾはゆっくりと目を閉じ、息をしなくなった……。

 その時、ポケットから這い出して変身を解いた光子。
 しかし、正は覆いかぶさるようにして彼女の視線を遮った。
「見るな……見ちゃいけない……」
 どんなことが起きたのかは想像が付く……光子は正の言葉に従って堅く目を閉じた。



「あの研究結果は封印します……」
 若い科学者は海を見ながらポツリと言った。
「それが良いかも知れませんね……人間は力に変えられるものはつい悪用しようとします、少なくともそう考える人間は多勢いますからね……」
「ええ……ボンゾには可哀想な事をしてしまった……」
「いや、試薬を注射したのも撃ったのも奴ら、マフィアですから……」
「でも僕がボンゾの首輪にあんなものを隠さなければ……」
「それは仕方がないことでしょう」
「あなた方は? 旅行者ですか?」
「いえ、仕事で来て、その後休暇を楽しんでいた所でした」
「そうですか、せっかくの休暇を台無しにしてしまってすみませんでした……警察にはあなた方の事は伏せておきますから」
「いえ、こう見えても私立探偵なのです、彼女は妻ですが助手でもあります、ここで起こった事を証言しますよ、探偵として知らん振りはできません」
「そうですか……では、よろしくお願いします」
 そう言って彼はSDカードを海に向って放り投げた……。



「すごい研究成果だったけど……この後どうなるのかしら」
 証言を終え、正と光子は空港で搭乗開始のアナウンスを待っていた。
「薬品のことは詳しくないけど、もしかしたらボンゾの体から何か見つけるかもしれないね」
 体高三メートル、体重四トンの犬を見れば、そうなった理由を解明しようとするであろうことは推測できる。
「悪用されないと良いけど」
「そうだね、そう願いたいよ」
 光子の偽らざる感想に、正はそう同意した。
 しかし、正はそう言いながらも考えていた……おそらくは解析が成功すれば軍事利用されてしまうだろう……。
 あの科学者はそんなつもりで研究したのではないと言っていた、しかし人は力を得ればそれを悪事や軍事に利用しようとする、それは残念ながら歴史が証明している、パンドラの箱はそれと知らずに開けられてしまうものだ。
「科学者さんもボンゾも可哀想……」
 そう呟く光子の優しい心根……魔法のコンパクトも拾ったのが光子でなかったら悪用されていたかも知れない、人類皆が光子のようならば凶悪事件も戦争も起こらないだろうに……正はふとそう思った。
 
「さぁ、帰ろう、日本へ」
「ええ」
 搭乗開始のアナウンスが流れ、正は光子の手を取って立ち上がった。
 登場口に向いながら正が光子の肩に手を廻すと、光子は頭を預けて来る。
 正はその腕に力を込めずにはいられなかった……。


(ミッちゃん、紐育へ行く・終)
作品名:ミッちゃん・インポッシブル 作家名:ST