小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

最近小説かけんくなったからいらないのここに捨てる

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
まるまるのできないことを探すのが、わたしの趣味だった。完璧に見える彼女にも、欠点があってくれないと困る。悩みがあってくれないと、困る。
 そして、その足りない部分を埋めたり、疲れを癒したりするときに、わたしを頼ってくれないと、困るのだ。わたしの存在する意味が、なくなってしまうから。
「そんなに泣かないの。わたしが泣かしたように見えるでしょ。それでも、べつにかまわないけど」
 テーブル越しに優しい言葉をかけて、手を伸ばして髪を撫でる。さらりとした黒髪の手触りが、たまらなく愛しかった。もうずっと前に死んだ、猫の頭みたい。
 琴音はもう大人なのに、子どもみたいな悩み方をする。いつまでもうじうじ考えて、夜中まで起きて、音楽を聴きながら手首を切ったりして、次の日とかにわたしを喫茶店に呼び出して泣く。
「もう、泣きたく、ないのに、涙、と、ま、んない、のぉ……」
 ひっく、ひく。
 泣きじゃくる合間の言い訳もなんか可愛い。
 でも、抱えている問題は深刻だ。
 大好きな彼と結婚したいのに、両親はそれに反対で、押し切るのにはデキ婚くらいしか手段がないのに、琴音は不妊症なんだって。
 どうしても彼じゃないとダメだから、諦めたくないけど、説得もうまくいかないし、不妊治療するほどのお金もないらしい。
 琴音にできるのはただ、こうやってわたしに泣きつくくらいで、わたしにできるのはそれを受け止めることくらいで、お互いわずかな知恵を出し合っている。
 どんなに琴音が泣いたって、わたしにできるのは頭を撫でてあげるくらいだし、琴音だってそれは分かっているはずだ。だけど、論理的なアドバイスより、心療内科のお薬より、そういう原始的な優しさが必要なときだってある。二十代半ばのわたしたちにも。
「ねぇ、うちくる?」
 相手が首を横に振らないと分かっていても、わたしはわざわざ訊く。
 琴音は涙を拭いながらうなずいた。
 店員が心配そうにこっちをちらちら見てるけど、わたしはべつに気にならない。どうせ他人だし、すぐに忘れてしまうだろうから。
 毎年ひとつ、年を重ねるごとに関心事が減っていくような気がしている。今や、わたしの心を占めるのは、小学生のころと同じで、琴音との友情がいつまで持つかということだけだ。大切に思っている。たった一年二ヶ月のつきあいの恋人よりもずっと。
 琴音にとってのわたしも、そうであってほしい。だから、あっさり妊娠なんかされては困る。定職につこうとしない彼氏との仲も、冷え切ったままでいい。不謹慎なようだけど、琴音が不妊症でよかった。
 わたしと琴音、二人ともが独身の今の状態を長引かせることでしか、友情は延命できないように感じているから。決して、長いつきあいのわたしたちの関係がそれほどに脆いということではなく、世の中の慣例としてそうなりそうな予感がしているだけだ。
 男と違って、女の友情は生活環境に左右されやすい。結婚・出産・介護が、友情をナイフのように切り分けていく。こんなにいろんなものが発達した世の中なのに、横のつながりを作るシステムだけは昔のまま来てしまったから、わたしたちは、発展しきった社会の中でこんなにも孤独だ。
 




「処女のメンタルヘルス」
 俗に「ビッチ」と呼ばれるヒトたちはみんな、楽天家なのだろうと思う。妊娠とか病気とかにおびえたりせずに、いろんなヒトとカンケイできるのだから。臆病な蕩子みたいに、ヒトパピローマウィルスとかいうのにビビッたり、心当たりもないのにHIV検査を受けたりしないのだろう。
 ちっとも楽天的ではない蕩子は、できれば、この先もずっと処女でいたい。何の意図があってか、淫蕩の「蕩」なんて字を名前に含んでしまっているけど、それでもずっと、処女でいたい。誰にもとがめられたりしないで、さなぎの中で眠り続ける蝶の子どもみたいに。
 セックスのことを初めて知った小学校高学年のころに漠然とそう思ってから、五年が過ぎた。
 小中学生のころはまだ、彼女の願いは安らかにおびやかされることなく守られ続けていたが、高校に入ると、実体のない恐怖みたいなものが、ひたひたと忍び寄るようになった。クラスの少女たちが、騒ぎ始めたのだ。誰とヤったとか、誰々とヤるにはどうしたらいいかとか、ずっと処女でいるなんてぜったいにイヤだ、とか。
 蕩子が「美しい」と信じている処女は、彼女たちにとって、「モテない、みっともない女」とイコールだった。もしかしたら世間一般の感覚かもしれないその意見と出会ったとき、蕩子は動揺し、麻酔をかけられたようにぼうっとした。
 マジョリティの感性と自分の感覚が反対だというのは、狭い世界で息をしている女子高生にとって、大きな重圧だった。
 蕩子は、その重苦しさを紛らわせるため、自分を傷つけない存在との交流を求めた。水の中に適応できない魚が、顔だけを水面に上げて何とか空気を吸うように。
 蕩子が高校で唯一作った友達は、同じクラスの片隅で、デッサンの練習ばかりしている地歩だった。地歩は、他の女子たちの話や、男子たちのあざけりの視線にはまるで意識をよこさず、もくもくと仏像を彫る職人のように、自分に必要らしい課題を自ら課してはこなしていた。その姿は蕩子の目に、修行僧のように尊く映った。
 もしも天使になったなら、蕩子は彼女の右腕を神様のところに持っていくだろう。王子の鉛の心臓と、ツバメの亡骸をさしおいて。
 絵を描く地歩の姿を、蕩子はいつも、無心に見つめていた。彼女が藁半紙に描く腕や脚、横顔はすでに命を持っていて、描かれた、というより、もともとあったものが削ったら出てきた、といったふうに見えた。地歩はきっと、この狭い世界に姿を潜めている不可視のものを、掘り当てるのがうまいのに違いなかった。
 地歩は、休み時間の間じゅう、熱心にデッサンの練習をしていて、横を通った者に見られても隠さなかったが、それとはべつに、ノートにも絵を描いていた。それは授業中の、誰も席を立たないときにだけ描きためられていて、後ろからものぞかれないように、表紙の部分をたてて器用に隠されていた。地歩の席は廊下側の一番端の後ろから二番目だから、これで対策はほぼ完璧だ。ふいにあけられないように用心しているのか、すりガラスの窓にもちゃんとカギをかけてある。
(いったい、何の絵描いてるんだろう)
 関心を持つ者が当然抱く好奇心に負けて、蕩子は地歩のノートをこっそり盗み見てしまった。「見せて」と直接頼まなかったのは、彼女が常に「話しかけるなオーラ」で身体を包んでいたからだが、ノートを見たのを正当化することはできないので、これは単なる言い訳だ。
「ちょっと、何してんの!」
 音楽の時間、教室を移動せずにさりげなく目的を遂行していたところを、あろうことか本人に見つかってとがめられてしまった。こんな人間ぽい表情をした地歩を見るのは初めてというくらい、彼女は、青ざめつつ逆上していた。
「最低!」
 ひとのもの勝手に見て、と非難された蕩子は、しかし、ノートの中の光景のほうが「最低」ではないかと一瞬思った。