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家族の季節

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娘の春(三)


 茂樹と別れ、店を出たものの、その足で千佳が待つ家へ帰る気にもなれず、葉子は近くの公園に寄った。たいした遊具もない小さな公園には子どもの姿はなく、サラリーマン風の男が時間つぶしかベンチで本を読んでいた。
 葉子も離れたベンチに座り、考えに耽った。
 
 どうしてあんなに茂樹に肩入れをしてしまったのだろう?
 茂樹の話の方が理路整然として受け入れやすかった。千佳の話は感情的で話に尾ひれがついているように思える。
 とはいえ、千佳に落ち度はない。携帯を見たことは確かにモラルに反するがそんなに責められることだろうか? そして、茂樹が訴える性格が合わないことなんて今更理由になるだろうか? 心の中だけとはいえ、他の女性に惹かれた茂樹の方にむしろ非があるのではないか? でもそう仕向けたのは日頃の千佳の振舞いだと言われれば……
 とにかく戻らなければ。葉子は立ちあがって公園を後にし、途中、弁当店で三人分の昼食を買った。そして、重たい心を引きずり家に帰った。
 家に着いてみると、千佳親子は眠っていた。疲れたのだろう。葉子も弁当を食べたら少し横になろうと思った。葉子も疲れていた。
 
 
 それから一週間がたった。
 その間、あの日茂樹と会った時の話の内容を、なぜか千佳は何も聞かなかった。まるで普通の里帰りのように愛とふたり楽しそうに時を過ごした。あの昼寝で何か心境の変化でもあったのだろうか? などと思うくらい、葉子にとっては狐につままれたような穏やかな日々だった。
 家族が増え、食卓もにぎやかになり、夫の康夫や息子の直人まで早く帰宅するようになった。特に直人があんなに子ども好きだとは意外な発見だ。直人が帰ってくると、愛は待ち構えていたように、直人にくっついて回り、直人の部屋に入り浸った。
 でも、男たちはなぜ、千佳親子が家に帰って来ているのか気にならないのだろうか? もちろん千佳は、茂樹とのゴタゴタを葉子にしか打ち明けていない。でも一週間もいればおかしいと思うのが普通だろう。直人はともかく、父親の康夫が気づいていないわけがない。やっかいなことに関わりたくないという本心が、葉子には手に取るようにわかった。
 
 そろそろ冷静に話ができる頃だろうと思い、夫と息子を送りだした朝、葉子は朝食の片づけをしながら、今日こそは話を切り出そうと思っていた。するとそこへ、千佳が両手に荷物を持って現れた。
「お母さん、そろそろ帰るわ、幼稚園もいつまでも休ませておくわけにもいかないし」
 危うく食器を落としそうになるくらい驚いた葉子は、
「茂樹さんから何か連絡があったの?」
と聞きながら、椅子に腰かけた。
 朝の陽が気持ちよく射す中でする話題ではないようで気が引けたが、今がその時のようだった。
「あれ以来一度も話していない。お母さんとお店で何を話したかだいたいわかってるわ。茂樹はきちんと説明したでしょうね。
 女からのメールといってもあの時の一回だけ、それも食事のお礼が書かれていただけだったの。でも私は女と食事に行ったというだけで頭にカーッときちゃって……でもお母さんを巻き込んであの人に嫌な思いをさせてしまったと思うと申し訳なくなってきて、携帯の電源を入れてずっと連絡を待っていたの。でも来なかった……」
「千佳の方から連絡すればいいじゃない?」
「こんな大騒ぎになって引っ込みがつかないというか、今まではいつもあの人が折れてくれてたし、今回もきっとそうしてくれると思ったんだけど……さすがにもう愛想をつかされちゃったかな」
「千佳……」
「この一週間、今までのこともいろいろ振り返って考えてみたの。私、本当にわがままばかり言ってきたのよね、あの人ずっと我慢してきたんじゃないかな、そしてこんなに連絡がないというのは何か覚悟を決めてるとか……そんな気がしてきて……とにかく帰ってみる」
「…………」
「お母さんにもいろいろ迷惑かけてごめんね。でもお父さんや直人と一緒でこの一週間結構楽しかったよ。特に愛は大はしゃぎだったし。直人によろしく言っておいて、よく相手をしてもらったから。
 愛! 帰るよ!」
 玄関でふたりの姿を見送った後、葉子はその日一日家事が手に付かなかった。
(何でもっと早く気がつかなかったの……千佳、もう遅いのよ。あなたが心配している通り、茂樹さんの心はもう離れてしまっている。人の心は簡単には変えられないのよ……)
 
 
 葉子はそれから、いつ千佳親子が帰ってきてもいいように二人の食材を毎日用意するようになった。今日は帰ってくるのではないか、とチャイムがなるのが不安な日が続いた。
 でも三日たち、四日たっても千佳たちは帰ってこなかった。これはいい知らせなのか? あるいは悪い知らせなのだろうか? そんなに気がもめるのなら電話一本入れれば様子はわかるのだが、その勇気がない。待っているしかないというあの時の千佳の心情がよくわかった。

 そして週末に運命のチャイムが鳴った。
 恐る恐る玄関を開けると、そこには三人の姿があった。三人とも笑顔だった。
「まあまあお揃いで、どうぞ」
「お母さん、愛と私はおじゃまするけど、この人はお母さんとふたりでまたデートしたいんだって。付き合ってあげてくれる?」
「えっ?」
「お願いします、お義母さん。先に店に行っていますので」
 急いで身支度を整え、葉子はあの時の店に向かった。
 
作品名:家族の季節 作家名:鏡湖