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第四章 動乱の居城より

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2.静かなる狂犬の牙−1



「屋敷は、まだか……!」
 車の中で、リュイセンはいらいらと膝を揺らしていた。
「すみません、リュイセン様」
 運転手が恐縮した声を上げた。彼は先ほどから事故すれすれの運転を繰り返しており、メイシアなどは生きた心地がしなかったのであるが、リュイセンは空港で奪取したバイクを飛ばしたほうが早かったかと後悔していた。
「もうすぐですので、今しばらく……」
「ああ……。すまん。お前を責めているわけではない」
 リュイセンは運転手に詫びた。どうにも自分は周りへの配慮が足りないようだと、軽く自己嫌悪する。
 祖父イーレオのもとに一個小隊ほどの警察隊員が向かっている。護衛はチャオラウ、ただひとり。彼がいくら一族最強の男でも多勢に無勢だ。戦闘になったら敵うべくもない。
 ――ミンウェイの付けている盗聴器から、それだけの戦力が押しかけてくることは分かっていた。
 それなのに、だ。
 イーレオのしたことといえば、部下たちを呼んで応接用のソファーセットを片付けさせ、代わりに医療用ベッドを運ばせたのだ。更に、ミンウェイが調合した謎の薬瓶の中身を部屋中に撒き散らした。――音声のみの情報だが、間違いようもない。病人を演じるつもりなのだ。
「何を考えているんだ! 祖父上は!」
 リュイセンが吠える。その声は祖父には届かない。こちらの声が警察隊に聞こえないようにと、先ほど回線を閉じたのだ。
 かといって、屋敷の様子が分からなくなるのは望ましくないわけで……現在ルイフォンが、リュイセンの文句を聞きながら、代わりの情報収集手段を構築しているところであった。
「親父は高齢で、面会は体に障るっていう設定になっているから、老人っぽくしてみたんだろ」
「ご自分でベッドを運んでくるような、元気な老人がいてたまるか! だいたい、六十五歳のどこが高齢だ!?」
 ソファーの片付けとベッドの設置に人手が足りなかったため、自ら働いたイーレオである。
「お、繋がったぞ」
 ルイフォンの携帯端末に、執務室の映像が映し出された。
 イーレオは、ぱりっとした上衣から部屋着に着替えており、柔らかな材質の上着を羽織っていた。袖を通さずに肩に掛けているだけのところが、洒落者のこだわりなのだろう。ご丁寧にも、普段、背中で緩く結っている長髪は解いて、適度に乱してある。寝ていたところを起き上がったばかり、という演出らしい。
『こちらから出向くべきところを、ご足労痛み入ります』
 イーレオの口から低く魅惑的な声が出た。穏やかな挨拶と、人の良さそうな笑顔、それに加えて、自身の体を支えるのにやや苦労しているかのような微妙に曲げた姿勢。加齢によって角の取れた老総帥のつもりだろう。なかなか芸が細かい。
「貸せ」
 リュイセンが横から、携帯端末を取り上げた。
「執務室は〈ベロ〉のガードが厳しいから苦労したんだぜ」
 ルイフォンは奪われた携帯端末を目で追いながら得意気に言うが、食い入るように画面を見ているリュイセンは聞いていなかった。代わりに、反対側の隣りにいたメイシアが、きょとんとルイフォンを見上げた。その反応を待っていたかのように、彼はにやりとした。
「屋敷を守っているコンピュータだよ。執務室の虹彩認証も〈ベロ〉がやっている」
 いまひとつ、よく分からないなりに、何やら凄い仕組みであると解釈したメイシアは目を丸くした。
「俺の母が設計したんで、少々性格が悪い。癖の強い奴で、内部からなら俺のことをすんなり通してくれるんだが、外部からだと俺のことも疑ってかかってくる。まぁ、『地獄の番犬』だから仕方ないんだが」
「『地獄の番犬』……?」
「〈ベロ〉には他に二台の兄弟機がいる。名前は〈ケル〉と〈スー〉」
「あ! 三台合わせて『ケルベロス』……」
 冥府の入り口を守護する三つの頭を持つ番犬になぞらえて、屋敷を守護する三台のコンピュータを名付けたというわけだ。ルイフォンの母という人は言葉遊びの好きな人だったらしい。
「〈ケル〉は俺と母が住んでいた家にいて、〈スー〉はまだ開発中だと言っていたから、揃っちゃいないんだけどな」
 自慢気に話すルイフォンに、メイシアはまだまだ知らない彼の顔を感じた。それは心が躍る新鮮な発見であると同時に、彼女と彼の間に横たわる深淵だった。
「ルイフォン、ミンウェイはどうなった? 執務室にいないぞ!」
 不意に、リュイセンが、ぴりぴりとした声を上げた。
 警察隊が執務室に到着する前に回線を切ったため、彼らはイーレオがミンウェイに下がるように言ったことを知らなかった。ミンウェイも当然、執務室にいるものと考えていたのである。
 大騒ぎするリュイセンに、ルイフォンは小さく溜め息をついた。
 ミンウェイのことだ。執務室にいないのなら、屋敷にいる者たちの様子を見に回っているのだろう。
「端末を貸せ。〈ベロ〉に支配下のカメラをチェックさせる」
 心配するほどのことでもないだろうに、と思いながら、ルイフォンはリュイセンから携帯端末を取り返した。
「ミンウェイ……」
 リュイセンは拳を握りしめる。――このどうしようもない焦燥感はどうしたらいいのだろう。
 心臓が、早鐘のように鳴っていた。
 ミンウェイは厄介な相手にも上手く立ち回れる、明晰な頭脳の持ち主だ。身体能力も高い。必要とあらば、敵にとどめを刺すことも厭わないという心の強さもある。一族の全幅の信頼があるといっても過言ではない。
 ――だからこそ、無理をする。
 リュイセンは、ミンウェイの気取らない微笑みを思い出す。この年上の従姉は何があっても平気なのだと、子供の頃は無邪気に信じていた。笑顔の裏で泣いているなんて、微塵にも思わなかった。
「……どういうことだ!?」
「ルイフォン!? 何があったんですか?」
 メイシアの叫びに近い声を聞いた瞬間、リュイセンがルイフォンから携帯端末を奪った。
 映し出されていたのは、応接室。メイシアが、初めにミンウェイに通されたのと同じ部屋である。
 彼女はひとりではなかった。
 テーブルを挟んで向かい合う、ゆったりとした二脚のソファー。その一方にミンウェイ、他方には――。
「緋扇シュアン!」
 リュイセンが叫ぶ。
「『狂犬』め、ミンウェイに何を……」
 殺気を放つリュイセンに、車内の温度が一気に下がる。だが、彼が取り乱したお陰で、ルイフォンはかえって冷静さを取り戻した。
「落ち着け、リュイセン。応接室で話をしているということは、ミンウェイが緋扇シュアンをこの部屋に連れてきた、と考えるのが妥当だろう? ミンウェイに何か考えがあるはずだ」
 彼女は、この部屋にカメラが仕掛けてあることを知っている。モニタ監視室からも、この映像は見えているはずだ。万一のときは、誰かが駆けつける。
 ルイフォンは癖のある前髪を、くしゃりと掻き上げた。
 大丈夫なはずだ。鷹刀一族の屋敷は〈ベロ〉が守っているのだから――。


 応接室に通されたシュアンは、まず天井の四隅に目をやった。
 警察隊の応接室などは蜘蛛の巣が張っていたりするのだが、この部屋は文字通り隅々まで掃除の行き届いた小綺麗な部屋であった。特に異常は見当たらない。
作品名:第四章 動乱の居城より 作家名:NaN