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夢の残骸

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2.救われたチリドッグ



 数週間後……。
「マスター、お店もう終わりかなぁ?」
「ああ、ヨーコか、今閉めようと思ってた所なんだが、腹ペコなのかい?」
「うん、夕食食べ損なっちゃって」
「じゃあさ、シャッター閉めちゃってよ、残り物のチリドッグならあるからさ」
「うん、助かる、じゃ、閉めるね」
「サンキュー……ほら、お待ちどう、ゴミ箱に行くはずだったチリドッグ」
「あたしの胃はゴミ箱? ……ふふふ、でもこのチリドッグをゴミ箱行きから救えて良かったわ」
「へぇ、それって東洋思想だね」
「え? 今のが?そう感じる?」
「ああ、俺はチリドッグが幸せか不幸せかなんて考えたことないからね」
「そう言えばそうかも……」
「そういう台詞が自然に出てくるのはヨーコが日本人だからなんだろうな、日本よりアメリカがよっぽど長いのにな」
「19になったばかりで来たから、もう48年になるんだね……それでもアメリカ人になりきれないんだから、DNAって根深いのね」
「俺も冷めかけのコーヒーを下水道行きから救う事にするよ、ヨーコも救うかい?」
「ぜひ救いたいわ」
「はい、どうぞ」
「有難う」
「この間、ここで幼馴染と話してただろう?」
「ええ、宏美ね? 小学校と中学校が一緒だったのよ、大の仲良しだったわ、あたしはその頃から理屈っぽかったけど、宏美はおおらかで、それでいて人の話はよく聴いてくれるから大好きだった、この間もつい熱が入っちゃった」
「そうみたいだね、今じゃすっかりあの頃のことは話題にならないからな、俺も懐かしく聴いてたよ」
「マスターはウッドストックの時何歳だった?」
「28だったよ、親父が死んでこの食堂を引き継いだばかりだったから良く憶えてる」
「マスターの目にはヒッピー・ムーブメントはどう写ってた?」
「そうだな、その精神は良いと思ってたよ、俺もベトナムからは撤退すべきだと考えていたしな、だけどやっぱりやることなすこと稚拙に見えたな」
「そうでしょうね、コミューンにいた頃は理想郷に思えたけど、少し醒めた目で見ればその真ん中にいたあたしからもそう見えたもの」
「ただね、後先考えずに行動に移すって若さもまたパワーだとは思うよ」
「そうね……それは言えるかも……少なくともコミューン内やシンパの人たちの間では人種差別とかは感じなかったもの」
「それは重要なことだね」
「宗教による偏見や弾圧もね」
「だからヒッピーは東洋思想に傾倒したんだろうな」
「うん、まあ、神秘的に見えたでしょうから格好良いと思ったという面も否定できないでしょうけど」
「どれくらい東洋思想を理解していたのかな」
「かなり表面的だったと言わざるを得ないと思う」
「まあ、プロテスタント的社会秩序への反抗でもあったからな、キリスト教じゃなければ何でも良かったのかも知れないな……でも、どうして表面的だと思うんだい?」
「他の国はあたしも良く知らないけど、日本の神道では神様って必ずしも人の形をしていないの」
「それは興味深いね」
「あたしが説明すると彼らもそう言ったわ、でもどこかでやっぱり神も悪魔も人の形をしているものだと染み付いた感覚があったんじゃないかな」
「俺も正直理解は出来ないよ……そのチリドッグだってそうさ、瞬間的にヨーコはチリドッグを擬人化したんだと考えちまう、ホットドッグチェーンのマスコットみたいなのが頭に浮かぶんだ……でも、そうでもないんだろ?」
「うん、違う、これってパンとソーセージ、チリソースから出来てるわよね、パンは小麦粉、ソーセージは豚肉、チリソースはチリとトマトと玉ねぎから出来てる、人は小麦を栽培することは出来ても無から作り出せるわけじゃない、豚肉もトマトも玉ねぎもね……全ては自然の恵み、そしてその自然の恵みからパンを焼く人がいて、ソーセージを作る人がいて、トマトを作る人がいて、最後にマスターがそれらを調理してくれて、このチリドッグはあたしのお腹を満たして生きるエネルギーを与えてくれるのよ、だから人の営みは元をたどれば全て自然の恵み、人は自然に生かされていると考えるの」
「なるほど……そう考えればチリドッグが余ったからといっておいそれとゴミ箱に食わせるわけには行かないな」
「明日の朝お客さんに出すわけにも行かないけどね」
「それもまた真実だな、ヨーコに救ってもらったチリドッグも幸せだろうよ」
「あたしもお腹を満たしてもらって幸せだけどね……48年前にこう説明できればもう少し理解されたでしょうにね、あの頃は難しい単語を並べてたなぁ……」
「そう言えば、こないだはウッドストックの話もしてたな」
「ええ」
「ヨーコは夢の残骸に見えたと言っていたけど……」
「そうね……そう見えた、日本人って『おかげさま』って言葉を良く使うの」
「へぇ」
「例えば、そうね……自分が頑張って昇進したとするでしょう? それを知人に祝福されると『おかげさまで』って言うのよ、直訳すればこの場合は『あなたが私を昇進させてくれたようなものです』ってこと」
「アメリカ人からすると妙だな、取り立ててくれた上役に言うならわかるが」
「でしょうね……日本人も今では一種の慣用句になってるだけかもしれないけど、元々は神様に守っていただいたから、と言う感謝の言葉なんだけど……」
「それならアメリカ人にもわかるな」
「ところがちょっと違うのよ、アメリカ人って言うか、キリスト教徒は神様って普通イエス様のことを指すでしょう?」
「ああ、日本では違うんだったね」
「そう、ヤオヨロズの神って言ってね、ヤオヨロズって直訳すると800万よ」
「800万人もイエス様が居るのかい? 考えられないよ」
「ところがね、日本では生活用品の一つ一つにも神様が宿ると考えているのよ」
「例えば……そうだな、このカウンターにもかい?」
「ええ、これなら文句なしに神様が宿るわ、メラミンのだと微妙だけど……マスターも愛着感じるでしょう?」
「まあ、気に入ってるから大事にはしているけどな、これだけの長さで一枚板のカウンターはそうそうないしね」
「これって元々は大きな樹木だったわけでしょう?」
「ああ、そうだね」
「それが自然に倒れたのか人が切ったのか知らないけど、樹木としての一生を終えて、人の手を借りてカウンターに生まれ変わって、毎日沢山の人の食卓として働いてる」
「なるほどね……神様って言うけど、精霊みたいなものか」
「そう、それよ、私たち人間は精霊によって生かされ、守られてる」
「おそらく完璧に理解はできていないと思うが、わかる気がするよ」
「だから、ウッドストックの会場になった農場が荒れ放題になって、ごみが散乱したり、川が汚されちゃった惨状を目の当たりにすると、日本人としては残念なのよ、怒りより悲しみが先に立つの」
「なるほどな……」
「だって、極端に言えば泥だらけになってそのまま捨てられた毛布にだって精霊は宿っているんだから」
「ついて行けてる自信はないが、おぼろげにはわかるよ、毛布は羊の毛から出来てるしな」
「そう、しかもその毛布はスコールや明け方の冷え込みからも守ってくれた」
「そういうものの一つ一つに感謝できる人は、他の人に対しても感謝を忘れないだろうな」
作品名:夢の残骸 作家名:ST