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月とコンビニ
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なる

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『なる』

【著】山田直人

登場人物
〇兵士
〇少女

廃墟と化した市街。戦争の爪痕が残る。少女が壁に絵を描いている。
絵具を手で直接取り、塗りたくる。

☆兵士イリ、少女を見つける。手にはナイフを持っている。
兵士 何をしているのです。
少女 絵を描いているのです。
兵士 絵など。
少女 こんな時だからです。
兵士 ご両親は。
少女 おりませぬ。
兵士 亡くなられたのか。
少女 そうしてしまいと。
兵士 めったなことなど言うものではないよ。
少女 兵隊さんこそ、何をなさっているのです。
兵士 …。
☆兵士は、ナイフをおろす。
少女 他のお方は、いらっしゃらぬのですか。
兵士 私は、生きているのです。
少女 はて。
兵士 生きようとしているのです。
少女 おかしなことをおっしゃいますね。
兵士 そうでしょう。
少女 戦わぬのですか。
兵士 戦っています。
少女 命を落とさずに。
兵士 生きようと。
少女 では、何をもって生きるというのです。
兵士 それは。
少女 女、子どもを抱くことでは。
兵士 …。
☆少女、兵士に近づき身体を寄せる。
少女 まるで生きているかのような気がするでしょう。
兵士 …、着ておらぬのですか。
少女 何を。
兵士 下着を。
少女 不可思議なことを言うと思われるかもしれませんが、若い娘というものはそういうものなのではないでしょうか。
兵士 はあ。
少女 それに秘める蜜液を、布皮一枚に包み込み、透けて見えるが殿方を、寄せて離さぬ肉細工。
兵士 幻想では。
少女 現を見てなどおらぬのでしょう。
兵士 …。
☆少女、汚れた手で兵士の顔を包み込む。
少女 こんな時ですよ。
兵士 何が。
少女 下着。
兵士 ああ。
少女 汚れています。
兵士 私は。
☆少女、兵士から離れる。
兵士 貴女が羨ましい。眩しくさえ映る。
少女 …。
兵士 違います。
☆少女、また壁に絵を描き始める。
兵士 何を描いているのです。
少女 先です。
兵士 先。
少女 この先。
兵士 なりたいと。
少女 いいえ、なりたくなどないと。
兵士 なるほど。
少女 思うのです。
兵士 …。
少女 思い、描くのです。
兵士 思い描く。
少女 では、何をもって生きているというのです。
兵士 …。
少女 私はこれ。
兵士 なるほど。
少女 ずっと。
兵士 疑わないのですね。
少女 ええ。
兵士 彼の話をしましょう。
少女 彼。
兵士 ええ。
少女 彼。
兵士 彼は、誠実で、心優しく、人望の厚い人でした。
少女 …。
兵士 彼には、ひとつ、悩みがありました。
少女 悩み。
兵士 想い人と夫婦と為って良いものかということです。
少女 …。
兵士 彼には、その人を幸せにする想いが在りました。豊かな生活をおくる財が在りました。社会に貢献する仕事が在りました。何を悩む必要があったのでしょう。
少女 …。
兵士 存在です。
少女 存在。
兵士 私は、彼女を幸せにすることができる。いつまでも普遍な幸福を約束することができる。しかし私は、いま、この瞬間が全てだと、人生の絶頂なのだと、そう思える情熱的な時間を、与えてあげることができるだろうか。私は、そんな存在で在るだろうかと。
少女 …。
兵士 もう、終わってしまった人間ではないかと。
少女 なぜ、その話を。
兵士 私も。
少女 …。
兵士 なりたくなどないと思っていました。
少女 …。
兵士 思い、描いておりました。
少女 どうでしたか。
兵士 …。
少女 そうですか。
兵士 これは、私ですね。
少女 …。
兵士 これは、私でしょう。
少女 ええ。
兵士 そうか。
少女 そうか。
兵士 人生には、ひととき、幻想に愛される時間が在ります。気狂った叔父の言葉を借りればそれは、昼と夜との間、総てを濃く美しく染め上げる黄昏時に似ている、と。何も産み落とさず、ただ鮮烈な記憶だけを残して消えるのです。
少女 …。
兵士 私は貴女が羨ましい。眩しくさえ映る。そして、何とも憎らしい。
少女 …。
兵士 いずれは貴女も。
少女 嫌。
兵士 下着を。
少女 下着。
兵士 風邪をひきますよ。
少女 着るのですか。
☆兵士は絵具をナイフにつける。
兵士 …ええ。
☆兵士、少女のスカートの中へ潜っていく。少女、ほんのり喘ぐ。後に、無。
少女 幻想を抱いていたのは私だったのでしょうか。貴方が欲するのは、私などではなく、汚いものさえ染め上げる、ただ美しい私の黄昏時なのでしょうか。私は、ただ貴方がどうしようもなく可哀相で、どういう感情か、あゝ、愛おしく思うのです。
☆少女、ゆっくりとその場に眠る。動かない。
少女 …。
☆兵士、スカートの中から顔を出す。手には、赤色のペンキでまみれたナイフがある。
兵士 …。
☆兵士、目を瞑る。泣く。涙は出ない。
☆遠くに「お母さん」と呼ぶ子どもの声が聞こえる。
☆兵士、顔をあげて声のした方を見る。目を細める。
兵士 はーーーーーーーーーーーーーーーーーーい。

兵士、声のした方にハケ。ゆっくりとした足取り。迷いはないが、気持ちだけは残る。
舞台上には、変わらず少女が眠る。これにておわり。
作品名:なる 作家名:月とコンビニ