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蛇の話

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これは蛇の話です。

 山奥に行くとたまに枯れてしまったのか、水のない川を見かける事があります。
不思議にも水のないその川の側の木に、蛇はもたれ少しずつ降り出した雨を避けようとしていました。
 小さな声が聞こえてきます。
雨音に混じり、鳴き声が聞こえてきました。人の赤子のようです。
 川には赤子がいました。水のない川には、雨で少しずつ水が集まり、小さな流れを作っていました。
そこに、少し水に浸かりながら、赤子がいたのです。
 雨は強くなっていきます。
蛇は、捨て子なのだろうと、特に興味を持ちません。
この雨なのだから、助かることはなく、流されるか他の獣の餓えを満たすかで終わるだろう。赤子を襲う鼠でも来ないものかと、蛇は思うだけでした。
 雨はさらに強くなっていきます。
川は大きく、深くなっていきます。
赤子は流されることなく、水面に浮かんでいるようです。
 そして水面に立ち上がっていました。

 おかしいぞ、と蛇は気づきます。
さっきまで水の無かった川は、濁流と化しています。その水の上に、もう赤子とは言えない子供は立っています。
 踊っているようです。楽しんでいるようです。
この地面さえ削る濁流を見て、喜んでいるようでした。
稲妻が落ち、雨は穿つように降ってきます。
 川は岩を押し流し始めました。
蛇のいる木をかすめ、神々の鉄槌のように、辺りを破壊しつつ流されていきます。
木々もこらえきれず、泣くような声を上げ、服従するように流され始めました。
 かつて川だった荒波の上を、少女は、そう少女は跳びはね踊っています。
ぞっとしたのでした。
これでまだ少女。山が怒ったこの有様で、まだ少女。
 雨はつぶてのように変わりました。

 小石のような雨がガツガツとたくさん落ちてきて、この世のすべてを攻撃し始めました。
散弾ごとき雨は、川をより危険なものへと変えていき、まるで地獄の様相でした。
すべては、飲み込まれていったのです。
 水面で舞う、女性の下に。
何もかも。





 蛇は、脱皮しました。
蛇は脱皮する、不死身の生き物です。
だから生きていました。
 破壊され殺され、他は、すべてがなくなっていました。
晴れた日の下、小さくなった川に、老婆がいました。
 老婆は楽しそうに、嬉しそうに、ぎこちなく動き続け、倒れ、消え去りました。
川は、また水のない川になり、とてもさっきまでの災厄を起こした元凶とは思えませんでした。

 生き物はまた生まれ始めます。
失われた知恵は、蛇が伝え、元通りになろうとします。
でも傷跡は、なかなか癒えることがなかったのです。
作品名:蛇の話 作家名:羽田恭