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蒔かれた種

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老人は種を撒く。
土の無いここに。車が往来するハイウェイに。

アスファルトは一面に張り、種が根付ける土はない。
でも老人は、種を撒く。
様々な種。色とりどりの種を。
転がり込んで、車に轢かれ、粉々になって、種が死んでも、
老人の手は休まない。
車は何の感情も残さず、残せもしないまま、異常なスピードを保ち、
往来し、
種を潰す。
老人はそれを見ながら、新たな種を撒いた。
危ないスピードに気にも留めず、迷惑をかけて、
老人は種を撒いた。
植物の種。
花の種。草の種。
強い種。砂漠の植物の。
ここも砂漠だから。
アスファルトの砂漠。

一つの種は、アスファルトの割れ目に落ち込んだ。
タイヤはここに入ってこない。
土も無い代わりに。
暴力の無い代わりに、土の情けはない。
だから、待ち続けた。

老人が来た。その種の元に戻ってくる。
長いハイウェイの終わりからここまで再び戻り、種を撒いていたのだ。
多くの種は砕け、風に飛ばされ終わるのに。
延々と、種を撒いていた。
無意味に、虚無的に、種を撒いていた。
割れ目に落ちた種の兄弟たちも、砕け終わる。
ただ、割れ目の種の元に、砕けた種が入り込んできた。
それは割れ目に溜まり、種の周りを囲んだ。

また、長い月日は経つ。
雨は来ない。

雨は降らない。
ここは車だけの天国。他の者の荒野。
生命はない。唯一、老人だけが迷惑を掛けにやってくる。
ここに生命を与えたい老人だけが。
排気ガスと全てを奪うための様な車の往来に排気ガスに蝕まれた体の。
目だけが輝いている老人が。
今度は雨を降らした。
ポンプの水を撒いたのだ。霧状の水を。
車を滑らすわけに行かないから、少しの水を与えた。
生きているだろう雨へ。

あの、割れ目の種に土が出来ていた。
死んだ兄弟たち、種の屍骸が、土になった。
眠る菌が起き始め、土を作った。
そして水……。
なは人知れず伸びた。
種は人知れず成長を始めた。


花。
草花。
ハイウェイの割れ目に。
凶暴なスピードに負けない、花。草花。
白い花。少し汚れて。
赤い花。少し汚れて。
黒い花。少しちぎれて。
黄色い花。少し病気で。
青い花。少し枯れて。

咲いた。
作品名:蒔かれた種 作家名:羽田恭