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20分間のつづり紐

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つづり紐を買いに出かけた。出来上がった原稿は予想より多い枚数で、紐で括りたい衝動に駆られた。均一に穴をあけ、そこをどうにかうまく紐でつなぐ。物語の完成をもう一度味わえる、そういう行動だと考えていた。
 短い小説ならば、そんなことをしなくとも、ぱらぱらとめくれば、大方内容が結びつき、記憶に新しい後半は、めくらずとも思い出すであろう。だが、これはどうだ。仮に接着剤で全面貼り付けたなら、直立するくらいの厚みはある。この中の文字たちを一気に思い出すことはできない。
 つづり紐にはそれができるのだと思っていた。
そういうわけでなくなったつづり紐を買い足すため、近所の本屋に向かったのいいが、三日動かず、飯しか食べていない体は予想以上に重く、道が幅広く感じるのだ。一歩が短い。
目的のある外出は久々で、決まった方向への足取りは異様に軽かった。横を通り過ぎる人々より格段遅い速度を見て軽い足取りだなと感じるものはいないだろうが、精神的にはかなり楽なものであった。精神と肉体の乖離を実感する。
食べたものは消化され、活動の糧とされているはずにも関わらず、足は思うように進まない。動かしたい脳の信号は、血管の中を流れる白血球に邪魔されるのか、赤血球に酸素と間違われて運ばれるのか。うまく届いてはくれなかった。神経という組織の存在は問わずにいた。

駅前の本屋に着くと、なんだどうもおかしい。どこも変ではないが、この店に今日はいるのは気が引ける。そう思った。理由はない。本当に理解に苦しむ不快感だった。しかし、こういう不快はよくあるわけで、人はよく気分ではないとか、なんとなくだとか、そういう言葉で濁すが、私はどうもその理由について深く考えたくなった。人が考えないことを長考する自分に酔いたかったのかもしれない。だから本屋にきた。つづり紐は後付けの理由だったのかもしれない。
本屋の前で煙草を吹かすおじさんの横で何をするでもなく、立ち続けていたのだが、どうもこの不快の理由がわからない。人が言葉を濁すのにも納得する。どうも心臓の奥がきゅうと引き締まるような感覚なのだが、これを形容する言葉、体験は見当たらなかった。先生に怒られたときの罪悪感からくる胸の苦しも同じ苦しみのはずだが、まったく別物に思える。
やはり理由を探しても不快感は消えないようなので、別の本屋を目指した。もう少し先に小さな本屋があったはずだ。いつ潰れても、物理的に、経済的におかしくない古びたものであったが、最近の本屋のようにおすすめのコーナーなるものは一切ない。ただ、出版社別に本が並んでいる、そういう店だった。なぜ、こんな配置にしているのか、売り上げを挙げたいならもっと工夫が必要じゃないのかと聞いたこともあったが、店主は一言、めんどくさいと言い放ったのだった。

店主の物ぐさが生み出した本屋の雰囲気は他のどこにももう残っていないのだろう。やれ、新刊コーナーだ、ミステリーコーナーだ、読者が選んだ面白い本だ、読む前から外枠が決められた作品が並ぶ窮屈な本屋。たしかにおもしろい。こんな本が人気なのか、ミステリーにはこういう作品があるのか、と手に取る人も少なくない。だがどうも、そこに本屋の意図が感じられ、それ流される自分が嫌いなのだ。空想の本世界くらい、自分の意のままにあやつりたいではないか。
古い本屋にはいつもと変わらず店主がいるが、これまたひどいものだ。接客など何もしない。ただ座っているだけ。そこらにある本を読んだり、そばにある小型テレビを眺めたり、たまにやってくる猫に餌をやったりと、現代の営業の様子ではなかった。とても好きだ。これ以上の言葉は必要あるまい。
つづり紐を探し、奥に進むと、本棚の一番端に置かれていた。しかも一つだけ。そばには文具は全く置かれていない。その向こうの壁に、ボールペン、ノート、ホッチキスと並んでいる。ただ一つのつづり紐だけが本の群れに付着していた。それを手に取り、気まぐれな店主のもとに向かう。
「いくらです」
「あ、そんなものただでやるよ。そんなことよりあんた、小説家だろ?どうだい、近況は」
「どうもうまくいきません。何せ本が売れない時代なので」
「本なんて売ろうとして売るもんじゃないさ。勝手に売れるもんなんだよ」
そういった店主はつづり紐にあった擦れて見えない値段シールをはがして手渡してきた。
「だから、こうやって最近の本屋のようではない業態で売っているのですか。それは文学者として応援いたします」
「いや、これはめんどくさいからだ」
店主はそういって奥の部屋に消えた。
 その三日後、駅前の本屋はいつもより数人程度賑わっていた。

 
作品名:20分間のつづり紐 作家名:晴(ハル)