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春のおとずれと山の神さま

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きせつは秋。山のふもとの小川のほとりに、けいとうの花が咲いています。
「きれいじゃのお。すばらしい赤いろじゃのお」
 そう言ってのそのそとやってきたのは、やまねずみ……のすがたをしている、山の神さまです。体こそ小さいですが、神さまなので大きな力を持っていて、ずいぶん長く生きています。
「ありがとうございます。でも、わたくしなんて、大したものではございません」
 山の神さまからのほめ言葉に、けいとうは首をよこにふりました。
「さきほど、りすさんとすずめさんが枝の上ではなしているのを、きいてしまったばかりです。何でも、春に咲く、さくらという花のうすべに色のほうがきれいなんだって。さむさが去って、あたたかさがやってきたお祝いとして、とてもこころに残るんだって……山の神さまも、ごぞんじなのでは?」
「ん? ……あ、ああ……はて、どうじゃったか」
 山の神さまは、首をかしげました……じつは、山の神さまは、けいとうのために分からないふりをしたのではありません。もともとのんびりしている上に、ずいぶん長く生きているので、ものを忘れやすいし思い出しにくいし……というありさまだったのです。
 さて、山の神さまは、いくつかのどうぶつたちといっしょに、ちかぢか冬眠に入ります。
 けいとうをあとにして、山の神さまはつぶやきました。
「よおし。そうもきれいであるなら、つぎの春が来たら、たしかめるとするかのう」

 そして、つぎの春が来ました。
 つくしたちが、にょきにょきと突き出します。……が、山の神さまは、まだねむったままでした。
 そのつくしたちがしなびて、すぎなの中に埋もれ、さくら並木がうすべに色にそまります。……が、山の神さまは、まだねむったままでした。のんびり屋なので、木のみきに空いた穴のなかでむにゃむにゃ言っていたのです。

 さて、ねぼすけの神さまも、そのとじた目をやっとひらく時が来ました。
「ふぁあ~……あ~……何かわすれているような……あ? そうじゃ、さくらの花というものを見るんじゃった!」
 そしてのそのそと出てみた外は、はたして、あたたかいというよりはもはやちょっと汗ばむぐらいになっていました。
 山の神さまは、あちらこちらとうろついた末に、つりがねそうにたずねました。
「おしえてもらいたいんじゃが……さくらというのはどこじゃ? 何でも、すばらしくうつくしいそうなんじゃが」
 つりがねそうは、うやうやしく答えました。
「ああ、山の神さま。あいにくですが、さくらの花でしたら、とっくにちってしまいましたよ」
「……えええええっ?」
 年もあって涙もろくなった山の神さまは、さめざめと涙をながしました。

 こうして、まいとしこのねぼすけの神さまが泣くせいで、まいとし六月ごろになると、里にまで長く雨がふるのだそうです。

【おしまい】

※作者注 作中に登場する「やまねずみ」は、正しくは「ヤマネ(山鼠、冬眠鼠、Glirulus japonicus)」になります。Wikipedia に曰く、「冬に木を切ると、冬眠中のヤマネが転がり出てくることがあることから、林業に携わる人々は、ヤマネを山の守り神として大切にしてきた」。加えて言って、「不思議の国のアリス」に登場する「眠りネズミ」もこれに該当するそうで、「英語の『眠りネズミ』 (dormouse) はヤマネを意味する言葉であり、ヤマネと訳されている訳書もある。ヤマネは、冬眠時間が長いことで知られる動物である」とのことです。