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八幡の藪知らず

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 それは俺が見ていた景色に似ていたが、よく見ると全く違って見えた。まるで新しい土地に来たような感触だった。


 千葉と東京を結ぶ総武線。それと平行して走っている道路に国道14号線がある。通称「千葉街道」と呼ばれる千葉にとっては大事な道だ。
 江戸川を越えると市川市に入る。暫く千葉市に向かって進むと。街は「八幡」と言う地名になる。市川でも古くからの繁華街だ。JR「本八幡」の駅前も賑やかだし。平行して走っている京成八幡の駅前も古くから賑わっている。
 そんな八幡の一角に江戸時代以前から全く人の手が入っていない場所がある。
 それは国道14号線沿いにある「八幡の藪知らず」と呼ばれる一角で、今では周りを住宅やビルが立ち並んでいるが、俺が子供の頃は本当に鬱蒼といて、魔物でも住んでいるのでは無いかと思ったものだった。
 俺は千葉に近い小岩の外れで居酒屋をやっている。親父のやっていた店を受け継いだのだ。高校時代からグレて学校にも余り行かず。大学なんて考えられなかった俺は飲食業に就職した。だって殆どの会社は不景気と言う事もあり、俺なんかの素行不良な者などは門前払いだったからだ。
 正直、朝は仕入れで早く起き、夜は店が終わる深夜まで働く、この商売は嫌だったが、他に食べる道も考えつかなかったから、半分は仕方なくなったのだ。だが、やってみて、この道は思ったより俺に向いていた。何より机の前に一日中座って居なくても良い所が向いていると思った。
 結構一生懸命に修行したと思う。色々な店を渡り歩いて。いつの間にか各店でも責任を任される立場になっていた。
 そんな時に親父が倒れた。半身不随になり店は出来なくなった。常連さんも大勢居て、経営的には何の問題も無かった。そんな訳で常連さん達からも店を継いでくれるように頼まれた俺は自然と親父の後に収まった訳だ。
 親父は数年前に既に亡くなっている。文字通り俺は店の完全な主となった訳だ。
 親父は店の仕入れには築地や千住には行かず。千葉の船橋の市場に行っていた。船橋はその昔は漁村で、漁港もあったからそれを売り買いする市場も出来ていた。今では千葉県の卸売り市場の一つになっている。
 ここが他の市場と違うのは売ってくれる量が小店に対応している事だ。つまり量が少なくとも売り買いが出来るのだ。それに築地を介さないので鮮度が良い。だから東京に店がある業者もわざわざここに買いに来ると言う訳だ。
 前置きが長かったが、これからが俺が体験した不思議な事だ。
 週に三日ほど、軽トラを運転して船橋の市場に買い出しに行く。市川橋を渡って市川に入る。そして暫く行くと右手に住宅とビルに挟まれてはいるが、その一部だけが鬱蒼と木が生い茂っている一角が見えて来る。ここだけは俺がガキの頃に親父の運転する軽トラの助手席から見た頃と全く変わっていない。初めて見た時に親父は
「ここはな『八幡の藪知らず』と言ってな、ここに入った者は二度と出られないんだ。お前も入って見たいなんて思うなよ」
 そう俺に教えてくれた。悪ガキだった俺は鼻で笑っていたが、高校で一緒になった奴が地元で、同じ話を聞かされた。おまけにそいつの仲間が小学校の頃に入って本当に行方不明になってしまったそうだ。それ以来あそこには入らないと決めている。と話してくれて、俺も信じるようになった。
 今日も仕入れに行くと右手に「八幡の藪知らず」が見える。今は手前の一角に鳥居がありそこまでは行ける。その少し奥には祠が祀られている。俺も一度行ってみたが鬱蒼とした藪が有る以外は普通の祠に見えた。
 俺は、この祠に御利益があると言う噂を知っている。それはそうだろう。人が行方不明になるような藪を持っている場所だ。並の神社より強力な力があっても可笑しくない。俺は今度の休みにバイクで来てちゃんとお参りをしようと考えていた。
 それは、やはり俺も五十の坂を過ぎて還暦も見えて来た。ここまで一人で来て、何となくだが物足りないものを覚えたのだ。それは女房が欲しいとか子供を作っておけば良かったとか言うものでは無い。何というか何か物足りないのだ。
 神頼みするなら何となく子供の頃から見ていたここにしようと考えたのだ。
 次の店の休みにバイクに乗り江戸川を渡った。通い慣れた道だ、バイクは車をすり抜けて行けるので車より早く到着する。反対側に渡り、歩道の邪魔にならない場所にバイクを停めた。手袋を外し、ヘルメットを脱ぎシートの下に収める。そして鳥居をくぐる。
 目の前の祠にある小さな賽銭箱にお賽銭を入れて二礼二拍手一礼をしてお参りをした。頭を上げた瞬間だった。いきなり目の前の世界が廻りだした。歪んで立って居られなくなり跪いてしまった。そして目を瞑り収まるのを待った。こんな場所で脳溢血や脳梗塞なんか起こしたら大変だと思ったし、血圧は健康診断でも問題なかったはずだった。
 どのぐらい、時間が経ったろうか、恐る恐る目を開けて見ると景色が一変していた。

 目の前の俺が見ていた祠はどう見ても同じものとは思えなかった。俺の目の前にあったものよりも古い感じがした。大きさも微妙に違っている。振り向いて国道の方を見ると走っている車がどれも古い年代の車だった。道の幅も今より狭い。
「まるで昔に戻ってしまったみたいじゃ無いか」
 そんな言葉が口から出る。振り返ると一人の少年が祠に拝んでいた。その少年を見て心臓が止まるほど驚いた。だってそれは俺だったからだ。
「おじさん、俺の顔に何か付いてるのか?」
 生意気そうな少年の俺は、そんな事を言って俺に絡んで来た。
「お前、悪そうだな?」
 俺がそう声を掛けると少年の俺は
「悪いかどうかは知らないけど喧嘩なら負けたことねえよ。やるかいおじさん」
 そう言って拳を左右に降り出しシャドーボクシングのスタイルをした。
「いいや、やめておく。それより一人でここまで来たのか?」
 俺の質問に少年時代の俺は首を左右に振り、道路の方を指差した。そこには年代ものの軽トラが停まっていた。運転席に座っているのは間違い無く親父だった。
「親父!」
 そう叫ぼうとしたが声が上手く出なかった。そうこうしている内に又、周りの景色が廻り出した。
 暫くまた跪いて目を瞑ってやり過ごした……。
 目を開くと元の世界だった。歩道の脇には俺のバイクが停まっていた。祠も元に戻っていた。変わらないのは、藪の木々だけだった。これだけは、あの垣間見た世界。俺の子供の頃と変わっていなかった。
 そして思い出した。なん度か船橋の市場に一緒に行く内に、どうしても「八幡の藪知らず」を間近で見たくて、帰りに寄って貰った事がある事を。そして、そこで一人の大人と話した事を。
 あれは俺だったのか……。それで色々な事が納得出来た。
 そして判ったのは、何か迷いがあればここに来れば良い。ここにはあの時の俺や親父が存在している世界と繋がっていると言う事を……。

 「八幡の藪知らず」そこは本当に不思議な事が起きるのさ。


                      了
作品名:八幡の藪知らず 作家名:まんぼう