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ヴァシル エピソード集

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ヴァシルという男がいた。男は泣いていた。闇の中でずたぼろの黒衣で自らを覆い隠し、周りの色と同化するようにして、すすり泣いていた。洞窟の中で鳴き声は反響し、ヴァシル一人ではなくほかにも大勢の誰かが泣いているかのようにすら聞こえた。
しかしヴァシルはずっと独りだった。この決して光の射し込まない洞窟に逃げ込んでから、何十年もの間独りであった。独りでずっと、泣いていた。
なにを泣くのか。どうして泣くのか。そもそも、このヴァシルという男はいったい何者なのか。どこからきて、なぜ何十年も洞窟にこもって泣いているのか。
理由を簡単に説明するならば、これにつきる。ヴァシルは、世界を破滅に陥れようとして、失敗したのだ。
ヴァシル。ヴァシル・ガルグと言った方がこの世界においてはより多くのものが気づくことだろう。創世の神話における、破壊者アルスが作り出した使徒ガルグの民の長の名前である。
創世の神話はあくまで伝説と思うなかれ。破壊者アルスも使徒ガルグも実際に存在する。それも、古の昔ではなくこの世界の現在に。
神話において、破壊者アルスは封じられたはずだった。確かに、つい先頃まではそうだった。しかしガルグ生き延びた。創世の聖戦の後、闇に潜り力を蓄え、破壊者アルスをよみがえらせた。
事実、先年メルディエル女王国を襲った未曾有の災害、そして戦争は、すべてガルグとよみがえった破壊者アルスによって成されたことであった。
しかし、多くのものはすでに知っている。女王国は今も健在であることを。災害も戦乱も、女王シーヴァネアの元に退けられ、今やその被害からも立ち直り、復興し、さらなる発展を遂げていることを。
メルディエルと女王シーヴァネアは、ガルグと破壊者アルスにまたしても勝ったのである。
メルディエル女王国を襲った西大陸同盟が撤退し、休戦協定が締結された後、本当の決戦はガルグの本拠、異界にあるガルグの里で行われた。
選ばれし戦士のみがその境界を渡り、そこでみごと破壊者アルスを倒したのである。
ヴァシルはその後、この光の届かない闇の洞窟に逃げ込んだ。そして数十年の時が流れた。
ヴァシルは、主と仰いでいた破壊者アルスを失って、泣いているのか。ふつうならそう思う。しかしそれは事実ではない。
そもそも、破壊者アルスは、倒されたが、消えてはいないのだ。また封じられたのでもない。
破壊者アルスは、破壊者ではなくなったのだ。
破壊者アルスとは本来、人間によって生み出された存在であった。人類を越える人類。その実験によって生み出された幼い少年だった。母を知らず、父を知らず、それでも彼を愛した科学者が、彼を人として育てた。
しかし、親代わりとも言えたその科学者は、ただアルスの制御に邪魔になると言う理由だけで、抹殺された。
アルスは人間を恨んだ。そして復讐を誓った。アルスの持つ能力は破壊だけではない。無から有を生み出す神の力を持つのが、アルスという存在だった。
怒りと憎しみのままにアルスはヴァシルと、そしてガルグの民を生んだ。
ガルグはアルスの怒りと憎しみの具現であった。それ以外の感情を持たず、ただ人類に復讐を願うのがガルグとなった。
ガルグはアルスの願いを忠実にかなえようとした。世界を破滅に陥れようとした。だが、怒りと憎しみだけが、本当のアルスの感情ではなかったことを、ガルグの民は知らなかった。
唯一その事実を知っていたのは、ヴァシルの対として生み出され、アルスに捨てられたザフォルであった。
ザフォルはガルグにないものを、持っていた。それはアルスが唯一慕った人間の科学者から与えられたものだった。
創世の聖戦が終わり、アルスが肉体を失って魂を封じられて後、ヴァシルはアルスを何度もよみがえらせようとした。しかしそのすべてが成功しなかった。アルスの魂は肉体に定着しなかった。しかし、唯一アルスの魂が拠り所にしたものがあった。それは人間の女であった。そしてアルスは人間とガルグの民の子供として復活した。父親は、ザフォルであった。
ザフォルもまた科学者であった。そしてザフォルだけがガルグの中で唯一、人間を愛した。愛することができたと言ってもいい。
そのままガルグの民が世界の破滅など望まなかったなら、アルスは今度こそ本当の願いを叶えられたことだったろう。しかしそうはならなかった。アルスは、本当の望み、家族を欲し、愛されることを欲していたというのに、かなえられることはなかった。
アルスはヴァシルによって破壊者アルスとなるべく育てられた。
ヴァシルはそれだけに心血を注いでいたと言っても過言ではなかった。
アルスの願いを叶えることこそが、ヴァシルの喜びであった。
しかし本当のアルスの願いを知らないヴァシルが、アルスの願いを叶えることは出来ようはずもなかった。
かなえたのは、妻を殺され、息子を奪われた男、ザフォルであった。
最終決戦において、ザフォルはアルスに、アルスではなく自分の息子サーレスとして、かなう限りの記憶を与えた。生まれて間もないサーレスをいとおしく抱きしめ、語りかける妻と自身と、赤子のサーレスの、ほんのわずかな、幸福の記憶。
アルスはそれまで自分自身は不幸であると信じていた。しかしその記憶によって初めて、幸福を知った。愛情を知った。その記憶と感情は、アルスが生み出したガルグの民すべてに伝わった。
ガルグの民はそれまで知ることのなかった記憶と感情と、そしてアルスの本当の願いを知った。
幸福を、知った。
多くの者はそれまでの自身の罪悪に耐えきれず消滅した。そのほかの者たちは消滅こそしなかったものの、途方に暮れ、絶望した。
そんな中、ヴァシルだけは、その幸福を否定した。否定し、感情から逃れるように闇に逃げ込んだ。
ヴァシルはそれ以来ずっと光におびえ、泣きくれていた。
だがヴァシルが逃げたのも、泣きくれるのも、ほかのガルグの民とは少し、理由が違う。
ザフォルが妻サラと出会った頃と前後して、ヴァシルにも出会った人間がいた。人間はその身に不釣り合いなほどの巨大な魔を宿していた。破壊者アルスの魂を宿す器を見つけることに心血を注いでいたヴァシルは当然、その人間に興味を持った。もしかすればアルスを宿す器となり得るかもしれず、そうでなくとも器を見つける手がかりになるかもしれないと考えた。
だが人間はおとなしくヴァシルに従わなかった。肉体を痛めつけても精神を壊そうとしても、効果なかった。次第にヴァシルはその人間を従わせることに心を傾けるようになった。
ヴァシルには人間ごときを思うようにできないなどと言うことを認めることはできなかった。
どうすればその人間を屈服させることができるのか。気がつけばヴァシルは、夜毎その人間と語り明かすようになっていた。
そして、一人の子供が産まれた。母親はその人間。父親はヴァシル自身。しかし人間は、闇の化身とも言えるヴァシルの子を産むという行為に耐えることはできなかった。いくら魔を宿そうと、肉体の限界は超えられない。ヴァシルの元には赤子だけが残された。
赤子はただの人間だった。一族の血すら混じらない人間もどき。アルスの復活にも使えそうになく、そしてアルスはすでに、誕生していた。ヴァシルはその子供を捨て、その母親ごと忘れ去った。
作品名:ヴァシル エピソード集 作家名:日々夜