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第二章 華やぎの街にて

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 話は終わりだ、とばかりに、イーレオはルイフォンの背後に目をやり、くいと顎を上げた。そちらにあるのは、ルイフォンの小細工付きのこの部屋の扉である。
 しかし、ルイフォンは執務机に身を乗り出し、どんと拳を打ち付けた。
「あいつはいわば、鷹刀と斑目の諍いに巻き込まれた被害者だろ」
「だが現状は、お嬢ちゃんの家族は斑目に囚えられていて、お嬢ちゃんは家族を助けたい――鷹刀を追い出されるほうが、お嬢ちゃんにとっては望ましくないだろうが」
 そう言われてしまうと、ルイフォンも言葉に詰まる。彼は癖のある前髪をくしゃくしゃと掻き上げた。
「……敵は、恐ろしく狡猾だぜ? メイシアが屋敷に来たときに、エルファンとリュイセンがいなかったのは偶然じゃないだろう」
「確かに。あいつらがいたら、お嬢ちゃんを屋敷に呼べなかったな」
 頭の堅いふたりを思い出したのか、イーレオが苦笑する。
「笑っている場合じゃないだろ。それだけ、こっちのことは調べ上げられている、ってことだ!」
 総帥の血統とはいえ、役割の特殊性から一族の序列の外にいるルイフォンが、最高位の総帥を鋭く睨みつける。いつになく真剣な息子に、イーレオも真顔になり――。
「ぷっ」
 深刻な雰囲気に耐えきれず、思わず吹き出した。
「くっ、く、くく……」
 流石に悪いと思っているのか、イーレオは口元を抑え、できるだけ笑いを押し殺している。
「おいっ、親父!」
「わ、悪い、悪い……。まったく……、意外に心配性だったんだな」
 悪いと言いながらも、イーレオは眼鏡の奥の目にうっすらと涙を浮かべていた。
 ルイフォンが不快感もあらわに、奥歯をぎりりと鳴らす。イーレオは慌てて、こほん、とひとつ、わざとらしい咳払いをして表情を改めた。それでも瞳には楽しげな色が載っている。
「ルイフォン、俺たちな、妙なる幸運に見舞われたんだよ」
「妙なる幸運? なんだよ、それ」
「メイシアは貴族(シャトーア)だ。本来なら無縁の存在だった。――それが手に入ったんだぜ? 凄い幸運だろ?」
 イーレオの声が音としてルイフォンの鼓膜を揺らしてから、言葉として脳に伝わるまでには、しばしの時間を要した。ぽかんと口を開けたルイフォンを、イーレオは楽しげに眺める。
 やがてルイフォンは、諦観と尊敬の入り混じった複雑な溜め息を漏らした。いからせていた肩を下ろし、呟く。
「…………まったく。親父らしいぜ……」
 罠を承知しつつ事態を泰然と受け止める父は、自分とは格が違う――ルイフォンは、そう認めざるをえない。容姿は似ていないくせに言動は父によく似ている、との評判の彼だが、どうやら粗悪な模造品に過ぎなかったようだ。
 ともかく、あの小鳥は逃さなくていいのだ。ルイフォンの口元が自然に綻んでいく。
「じゃあ、このままメイシアの家族の救出に向けて動いていいんだな?」
「勿論だ。それと、お前が言う通り斑目への警戒も頼む」
「とりあえず、メイシアの持ち物に不審なものはないか、昨日のうちにミンウェイに調査を依頼してある」
 本人が知らなくとも、何かを持たされていることもある。洗濯と称して服も回収済みだ。
 ルイフォンの報告に、イーレオは満足気に口元を緩めた。
「しっかり仕事しているじゃないか」
「当然だろ。で、これからトンツァイにところへ行ってくる。メイシアを連れていっていいか?」
 ルイフォンの言葉の後半が、イーレオの口の端を上げさせた。だが胸の内の台詞は、心の中に留めておく。
「いいぞ、好きにしろ」
 鷹刀一族の総帥は、ただひとこと、そう許可を出した。

 朝食を終えたルイフォンは、ミンウェイに用意してもらった服を持って、メイシアの部屋を訪ねた。
「おい」
 ノックなしで扉を開ける。理由は簡単。メイシアの反応が面白いからだ。彼女が扉に鍵を掛けられることに気づくまで、これは続けよう、とルイフォンは思う。
「きゃっ」
 唐突な呼びかけに、窓辺で外を見ていたメイシアは可愛らしい悲鳴を上げた。彼女が長い髪を舞わせて振り向くと、開け放した窓から桜色の花びらが髪飾りのようについてくる。どうやら今が盛りの桜に見とれていたようだ。
 彼女はルイフォンの姿を確認すると、顔を真っ赤にした。
「おおおおはようございます。昨日は失礼いたしました」
 声が裏返っている。
 酔いつぶれた後、ルイフォンに部屋まで運んでもらったことをミンウェイから知らされたためだろう。
「あれは俺も悪かった。お前があそこまで弱いとは思わなかった」
 ルイフォンは、からかってやるつもりだったのだが、素直に謝ってしまった。耳まで赤くしてうつむく姿が、さすがに可哀相に見えたのだ。彼は別に嫌われたいわけではない。
「特に予定は、ないよな?」
 こくりと頷く彼女に、彼は持ってきた服を渡す。
「これに着替えろ。俺に――」
 ついて来い、と言おうとして、少し考えて続ける。
「デートしよう」
 にやり、と猫のように目が細まる。
「え?」
「だから、デート」
「?」
「俺の世界を見せてやるよ」
 メイシアは戸惑いながら渡された服を見た。今、着ているものより、かなり質の落ちる品だ。ルイフォン自身もあまり良いものを身につけていない。
「これから行くところは、あまり治安が良くないんだよ」
 ルイフォンの説明に得心のいったメイシアは、服を持って続き部屋の寝室へ向かった。
「ここで着替えないのか?」
「勘弁してください」
「綺麗なのに……」
 残念、と呟くルイフォンをメイシアはきっぱりと無視した。


作品名:第二章 華やぎの街にて 作家名:NaN