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第二章 華やぎの街にて

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 4.鳥籠の在り処−2



「シャオリエ姐さん、ルイフォンたちを案内してきました」
 スーリンが部屋に入ってきて、そう告げた。シャオリエは煙管を吹かせながら「ありがとう」と応える。寝不足で顔色の悪いルイフォンに仮眠を取らせるべく、シャオリエは彼を二階の部屋に追いやったのだった。
 彼はすぐにも出かけようとしていたのだが、シャオリエの眼力とメイシアの嘆願がそれを許さなかった。シャオリエがメイシアに付き添いを命じると、彼女が喜んで引き受けたので、しばらくは彼もおとなしく休んでいるだろう。
「結局、何を企んでいたんですか?」
 スーリンがくるくるのポニーテールを揺らしながら、小首をかしげた。
「メイシアさんに内緒で、ルイフォンに『睡眠薬入りのお茶を出すように言われたけど、出さない。あとはルイフォンに任せる』と伝えろ――だ、なんて」
「ああ、その話ね」
 シャオリエは、ふう、と煙を吐き、口角を上げた。
「あの子、呆れるくらい大根役者ね……。笑いをこらえるのに苦労したわ」
「……」
「狸寝入りと本当に寝ているのとでは呼吸が違うわ。私が気づかないはずないじゃない。だいたい、いくらミンウェイの薬でも、飲んだ途端に効果が表れるわけないじゃないの」
「……姐さん、ルイフォンに突っ込みたかったのに、突っ込めなかったから、私で憂さ晴らししていますね?」
 スーリンが、げんなりとした顔を見せた。彼女の主人は、いつだってマイペースで、自己流の信念に基づいた、はた迷惑な人なのだ。興に乗らなければ、まともな返事すら返ってこない。
 シャオリエは煙管を煙草盆に戻し、自分の目の前に残された手つかずの茶杯を手にした。セピア色の中身を揺らしながら、言う。
「あの子がどういう反応を示すか、見てみたかったのよ」
 シャオリエは初めから、どの茶杯にも何も入れるつもりはなかった。ただ、ルイフォンに、メイシアとのやり取りを黙って聞かせてみたかったのだ。
 イーレオの負担を軽くする方法は、何も『排除』だけではない。『分担』もあるのだ。
 それに、『今更』かもしれないのだ。――既に鷹刀一族は、斑目一族の罠に落ちている可能性がある。
 なぜなら、ホンシュアがしたことは『メイシアを鷹刀の屋敷に向かうように仕向けたこと』だけであり、その後、鷹刀がどう行動するかはホンシュアには制御のしようがないのだ。だったら、メイシアが屋敷を訪れた時点で、もう目的は達成されている、という可能性すらある。
 シャオリエは茶杯の中身をあおった。
 そして――。
「ぷっ……」
 ――吐きだした。
「スーリン……。この茶杯に何を入れた……?」
「お砂糖をたっぷりと。だって、シャオリエ姐さん、ルイフォンに何か仕掛けようと企んでいるんだもの。少しくらい仕返しです」
 ルイフォンに言った通り、出されたものを警戒さずに口にするのは危険なことだ、と改めてシャオリエは思った。
「お前は、たいした役者だと思うわ」
「だって私は女優の卵でしたもん」
 愛らしい顔に、してやったりという笑顔を浮かべ、スーリンはくるくるの巻き毛を揺らした。

 ルイフォンは勢いよくベッドに転がり、両腕を伸ばした。それから、編まれた髪を背の下から引きずり出して、横に投げ出す。金色の鈴が、音もなく、きらりと煌めいた。
「ふわぁ……」
 伸びとも、ため息とも、あくびとも判別できない息が、彼の口から漏れる。
 初めは、休息を取る必要などない、と不平を鳴らしていた彼だが、シャオリエがメイシアに見張り兼付き添いを命じたあたりで観念した。部屋まで案内してくれたスーリンが付き添いたいのではないか、とメイシアは疑念を抱いたのであるが、交代を申し出る前に、彼女はエプロンを翻し、退室してしまった。
 メイシアはベッドの傍らの丸椅子から、彼の顔を覗き込む。くっきりと隈の表れた目は落ちくぼみ、彼の疲労の程度を如実に語っていた。
「いろいろと、ありがとうございました」
「うん? 俺は別に、お前に礼を言われるようなことは、やってないぜ?」
「そんなこと、ありません!」
 思わず、自分でも信じられないような大声が出てしまい、メイシアは恥ずかしくなってうつむいた。
「え、ええと……。寝ないで調べてくださったり、情報屋のトンツァイさんに依頼してくださったり……」
「調査は諜報担当の俺の仕事だぜ?」
 矜持を見せるかのようなルイフォン。
 けれど、シャオリエは言っていた。彼はイーレオの要求以上の仕事をしている、と。
「――それに、鷹刀にいていいと言ってくださったのが、何よりも嬉しかっ……」
 再び、涙が、こぼれ落ちそうになる。
 尻窄みに言葉を詰まらせたメイシアに、横になっていたルイフォンが、ひょいと半身を起こした。そして、まっすぐに彼女に向けた目を猫のように細め、不敵に笑った。
「俺がお前にいてほしいと思ったから、鷹刀にいろ、と言っただけだ。お前に感謝される筋合いはない」
「それでも――。私は藤咲の家からは、見捨てられた身で……」
 社会制度的なことを言えば、メイシアを藤咲家から追放することができるのは、当主の父だけである。けれど、そういう問題ではないのだ。斑目一族に売ってもいいと継母に思われた、という事実は、彼女からすれば、家族として拒絶された、と同義なのだ。
 夫と息子を囚われている継母からすれば、苦渋の選択だったかもしれない。それでもやはり、メイシアは継母のことを信じていたのだ……。
「お前は、難しく考え過ぎだ」
 ルイフォンが、メイシアの頭をくしゃりと撫でた。掌の温度と質感が伝わってきて、彼の存在が、彼女の中に刻み込まれていくようだった。
「もっと直感的に生きたほうがいい。お前は鷹刀を気に入っただろ? だったら、鷹刀にいればいい。俺も親父も、お前を気に入っているし、何も問題はない。好きなものは好き。それでいいじゃないか?」
 彼の言葉が優しすぎて、切ない。
「……ルイフォン、お願いがあります」
「ん? なんだ?」
「もう、隠し事をしないでください。嘘も、駄目です。私は、あなたの言うことを、なんでも信じてしまいそうですから」
「お前の実家のこと、か」
「はい」
「……黙っていて悪かったな」
「私を気遣ってくださった気持ちは、嬉しかったです」
 メイシアは微笑む。泣き出したい心を抑え、精一杯の感謝を込めて。
 それは、真紅の大輪の薔薇が花開くような艶やかさではなく、薄紅色の桜がひらひらと舞い散るような儚さだった。
 息を呑み、見惚れたようにルイフォンが押し黙る。しばしののち、彼はふっと表情を緩めると、やにわに口角を上げた。
「あぁ、言い忘れてた。膝枕、ありがとな」
 そう言われて、メイシアは、はたと気づいた。睡眠薬というのが嘘だったということは――。
「あああ、あの、私の膝の上に倒れこんだのは……」
「もちろん、狙ってのことだ」
 ルイフォンはきっぱりと言い切った。
「え? ええええええっと……!?」
 メイシアとしては、かなり、いや、とても恥ずかしい行為だったのだ。今思い出しても、顔から火が出そうである。
「どどどどどうして、そんなことを……」
「そりゃ、そうしたかったからだ」
「そそそそそうしたい、って……?」
作品名:第二章 華やぎの街にて 作家名:NaN