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御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
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twinkle,twinkle,little star...

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 私は思わず声を弾ませて、彼女に色々と話しかけてしまう。彼女も束の間の悲しみを忘れたように、屈託なく、私に明るい声を投げかけてくれた。
 同じ趣味を持っていることを知った私達は、それまでの沈んだ雰囲気を捨てて、ブロックに並んで座ったまま宇宙について話し続けた。地元の街が星が良く見える地域で、幼い頃から星空を見つめていたことを話すと、彼女は目を輝かせて、うらやましいですね、と熱っぽく語った。
「私、今まで天体観測のツアーに参加するだけで、そういう自然に溢れた場所で長い間過ごしたことがなかったんです。全国各地に旅行行って、色々な星空を見てきましたけど、それは一瞬のことだったから。いつも次に星を観に行けるのはいつだろう、って待ち遠しくて」
 私は何度もうなずき、自分のことについて少し触れた。上京してから星から遠ざかって、そのことを忘れかけていたこと。あれほど好きだったのに、目の前の生活に追われて大切なものを失いかけていたこと。でも、結局それは失われてなどいなくて、いつでも私の前に広がっていたのだ。
「だから、星空を見てれば、いつも元の自分に立ち還ることができるような気がして」
「わかります、それ。私も地学部に入って、星空を眺めていると、一緒にいる子たちがきらきらした目をするんです。まるで星空の輝きがその子たちの瞳に移ったみたいに。それが本当に楽しくて、いつも星のこと、考えていたんです」
 彼女はそう言って頭上へと視線を向けて、本当に瞳を輝かせる。私はその横顔を見て、昔の自分を思い出して、どうしても親しみを感じてしまう。
「すみません、私なんかの問題に付き合わせちゃって。でも、お姉さんのおかげで元気が出ました」
 彼女は私へと満面の笑みで振り向き、どこか楽しそうに語った。哀しみの心の欠片は、今は零れ落ちて、星空へと舞ってしまったらしかった。私はそれがわかって本当に安心しながら、「それじゃあ、夜道気を付けてね」と立ち上がった。
 あの、と彼女に呼び止められて、私は振り返った。彼女も歩き出そうとしながら、はにかんだように笑ってつぶやいた。
「お名前だけでも、聞かせていただけませんか?」
「佐代、って言うの。ありふれた名前でしょ?」
 私が笑ってそう言うと、少女は「佐代さん」とうなずいてみせて頭を下げた。私があなたは? と聞き返すと、彼女は「美夕」とつぶやいた。私は彼女の名前を繰り返し、覚えているから、と手を振った。
「それじゃあ! さよなら、佐代さん」
 彼女は片手を振りながら夜の街へと駆けて行った。その後ろ姿は大樹から飛び立つ小鳥のように嬉しそうで、私も釣られて笑いながら、じっと彼女の姿を目で追った。
 彼女は大通りに出て、そのまま横断歩道を渡り、最後にこちらに振り向いてもう一度手を振った。そして、そのまま夜の霞へと消えていった。私はふっと息を吐き、歩き出しながら夜空を見上げた。
 星々の光は遠くてこちらには届いてこなかったけれど、それでも一等星の明かりは夜空の片隅に瞬き続けていた。それは私の心の中のある感情と似ていた。哀しみや心の痛みは消えたけれど、まだ脈々と息づいている想いがあった。
 それが何なのかわかっていても、私にはどうすることもできない。私は港さん、とつぶやき、この星のどこかにいる彼へと囁き続ける。
 何故別れてしまったのか、彼がどんな気持ちでいたのかはわからなかったけれど、私はその感情を消し去ることも、隅へと追いやることもできない。ただ一等星は変わらぬ光を放ち、輝き続けるだけだ。
 私は住宅街の道を進みながら、きらきら星を歌う。そんな馴染みのある歌を唄っていても、目の前の景色はどこか違う気がした。
 そんな束の間の感傷に浸りながら、私は星への道のりを辿って今日も生きていく。

 翌日は疲れていたので午前中は家で本を読んでいた。モーツァルトをずっとかけ続け、うとうとしながら本を読んでいると、あっという間に昼頃になってしまった。私はすかすかの冷蔵庫の中から食パンとチーズを取り出し、それを挟んで食べた。インスタントコーヒーを淹れて飲み、ようやく眠気も醒めてきた。
 こうして一人で休日を過ごしていると、港さんと過ごしていた頃の楽しかった時間を思い出して、少し笑ってしまう。もう忘れたと思ってても、その記憶はカーテンから差し込む木漏れ日のように心に届き、私はその度に本のページを繰る手を止めてしまう。
 家の中にいると回想に浸ってしまうので、私は私服に着替えて、公園を散歩することにした。スマートフォンで音楽を再生し、イヤフォンを耳に嵌めながら外に出た。冬のひんやりとした空気が私の首筋に絡みつき、それは服のわずかな隙間から差し込んで肌をちくちくと刺した。
 でも、コートの優しい感触が肌に触れる度に、ほんわかとささやかな暖かさを感じさせて、さらに襟を寄せる。日中の明るい陽射しが冬空から降り注ぎ、道の先を眩い光で溢れさせていた。そこからわずかに見える木々の影が休日の穏やかな午後を表しているようで、音楽のヴォリュームを上げてしまう。
 私が今掛けているのは、イーグルスの呪われた夜のアルバムだった。港さんからもらったCDから取った音源で、もう別れてしまったのに、まだ未練たらしく彼からもらったものを使っている自分に呆れてしまう。でも、今となってはもう、これらの音楽は私の一部になっていた。
 狭い車道が横一線に伸びていて、その横断歩道を渡って私は公園へと到着した。どこからか子供のきゃらきゃらとした遊ぶ声が聞こえてくる。家族連れが楽しそうに笑い合いながら、こちらへと歩いてきた。
 私はこんにちは、と声をかけながら、彼らの横を通り過ぎて、煉瓦敷きの遊歩道を歩いていく。左右の茂みはよく手入れされているし、道もぴかぴかと光を跳ね返すほどに真新しかった。少し前に公園の設備を整える工事が行われて、それからここを訪れる人々の姿が少し多くなった気がする。
 大股で歩き出し、ウォーキングを続けながら、私は曲がりくねった道を進み続けてやがてテニスコートや広場が見えてきた。ボールを打つ小気味良い音が反響し、ネットの向こうでは年配の男女が若々しくラリーを楽しんでいた。
 私は立ち止まってその光景を見つめていたけれど、広場にはぐるりと周りを囲うようにしてベンチが点在し、そこにお年寄り達が座って本を読み、談笑したり、と各々気楽に過ごしているようだった。
 私はもう少し中を散策しようかと歩き始めようとしたけれど、そこでふと見覚えのある人影が横を通り過ぎたのがわかった。私は反射的に振り返り、その人もこちらへと首を向けていて、視線が合った。
 美夕ちゃんだった。昨夜のことを思い出し、私は何と言えばいいのか迷ったけれど、こんにちは、と笑った。美夕ちゃんも笑い返し、「こんにちは!」と栗色の髪を揺らせて頭を下げてみせた。
「偶然ね。公園を散歩していたの?」
 私がイヤフォンを外し、コートのポケットに突っ込んで言うと、彼女はウインドブレーカーを着た姿を指示して、「ジョギングしてました」と快活に返してきた。
「ここに来ると、本当に休日って気がするわよね。よくここで散歩してるのよ、私も」
「ここら辺に住んでるんですか?」