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田村屋本舗
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novelistID. 61089
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【G】

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陽射し





開閉された
カーテンから
陽射しが
広がる



皺の寄った
シーツを摩り
温もりのない
布団に
顔を埋め



微かな残り香が
漂う枕カバーを
握り絞めると



目覚まし時計が
時を刻み
傾いた



午前10時



クロッキーを
毟り取った
丸めた紙が
転がり



光沢のない
床から
紙くずを
拾いあげ
丁寧に広げると



一晩中
悩み抜いた
図案が
描いてある



蔦の絡まる
葡萄の絵



何処にでもある
単純なデザインに
捨てられた理由が
わかる



脈動感すら
失った
石膏画にすら
見えた



打ち出した
銅板を跨ぎ



螺旋状に
渦巻く
鉄くずを
避けながら



台所の流しに
寄り掛かり
腰を降ろす



浴室前の
腐りかけた
湿った床板が
表面のベニアを
波立たせた



換気扇の壊れた
湿気臭い
ボロい部屋



ガス焜炉も
冷蔵庫もなく
使いふるされた
珈琲メーカーが
流し台脇に
佇む



ミルで挽いた
珈琲の残りを
カップに注ぎ



床に置いた
破棄された図案へ
指先に付けた
珈琲で
色を染める



石膏画の葡萄が
腐りかけた
葡萄になり



生々しい
腐敗を描いた



染み込んだ
珈琲が
葡萄の実を
朽ちらせ



蔦に水道水を
垂らすと
流れた水が
色褪せた葡萄に
変色する



丸められた
紙くずを
ゴミ袋から
かき集め



床に並べては
珈琲で染め
くだらなく
退屈な時を
過ごした



けだるい足音が
階段を鳴らし
登り終えると
数秒 立ち止まる
彼の癖



床に散らした
紙くずを
踏み潰し
玄関を開ける



通路から
空を眺める彼が
歩きながら
壁側に設置した
ニ層式の洗濯機を
覗き



『飯食い行くぞ』



洗濯機の蓋を
閉じた


履き崩した
踵の潰れた靴を
履きながら



ドアノブを
握っていると



伸ばした手が
シャツの襟首を
めくり
手を離す



何も言わず
背中を向け
歩き出し



踊り場で
立ち止まり
空を見上げる



皺だらけの
シャツを脱いで
洗濯機に入れると



振り返る
横顔が
微かに笑った



右上がりの肩を
上下に揺らし
階段を下る彼が
立ち止まった踊り場



L字を模った
指のフレームから
景色を眺めた



何を見ていたのだろう



階段下から覗く彼が
顎を振る



「来い」の合図



砂利の入った靴で
駆け下りていた



暖かな午後
木漏れ日の陽射し



僅かばかり
触れ合う
並んだ腕



会話もなく
行き交う車の音
蕩けそうな道



「石がさ」



何気なく伝えた言葉



「見つからないんだ」



彼は つまらなそうに
首を捻った



駅の立ち食い蕎麦屋


食券二枚
”かけそば”


篭の中から
生卵を二個



何度も
いらないと
頼んでいるのに


いつも勝手に
割り入れる



「痒くなるんだ」



僕の話を聞いてる?


甘く濁る
蕎麦汁を飲み干し


最後に残る
七味に噎せる彼が
いつもと同じで


背を向けて
僕を置いていく彼が
いつもと同じで


蕎麦汁を
飲み干せない僕が
いつもと同じで


彼の背中を
追いかける僕が
いつもと同じで



「全部飲んだか?」



答えられない事を
知ってる彼が
僕を置いていく意味も
口角を上げて笑う横顔も
陽射しの中に蕩けた


作品名:【G】 作家名:田村屋本舗