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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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「……どうやら教会はおれたちよりも先にターロンを始末しようとしたらしいな」
「造反者といえども、教会の聖職者をわたしのような化け物に殺させるわけにはいかない──たぶん、そう思ったんでしょう」
「それがこの結果か。これをやったのはターロンか?」
 そのとき──
 ほとばしる殺気を感じて、レギウスは身構えた。
 殺気は、みすぼらしい小屋のなかから発散されている。
「……暗殺僧を殺したのはこいつか」
 レギウスは〈神の骨〉の柄に指をかけ、鯉口(こいぐち)を切った。
「隠れてないで出てこいよ」
 小屋のなかからほっそりとした人影が現れた。
 ターロンか、あるいはもっと凶悪な存在を予想していたレギウスは肩透かしをくらう。
 リンとレギウスの前に姿をさらしたのは、十七、八歳ぐらいの見目の美しい少女だった。
 交易商人が着るような赤茶けた衣服を身につけている。背中に垂れる淡い金褐色の髪は南方五王国ではごくありふれたものだが、彼女の双瞳はあまり見かけない色──けぶるような濃い紫色だった。
 見かけはリンと変わらない美しい少女であるにもかかわらず、彼女の全身からは人間(ひと)ならざる者の敵愾心(てきがいしん)が横溢(おういつ)していた。
 少女がとってつけたような無味乾燥の笑みを浮かべる。
「……ターロンといっしょに〈僧城〉を脱走した尼僧か」
 そして、彼女が体内に巨神を宿す者。紫色の神秘的な瞳は、神を宿すための宝玉。
「とうとうここまでやって来たんですね。間に合わないものだとばかり思っていました」
 と、音楽的な声で、少女。うすら寒い笑みが満面に広がっていく。神を内包した紫色の秘宝が、左右で色の異なる妖瞳と交錯する。リンが表情を険しくする。
「あなたもわたしと同じ、神を宿す者。〈銀の錬時術師〉──旧帝国の皇女、ローラン」
「わたしの名前はリンです」
「双子の姉を殺して故郷を追放された罪人」
「やめて!」
「あなたの左眼には怨念が宿っています。あなたに殺された双子の姉の怨念が……」
「そんなことを言うためにおれたちを迎えに来たのか?」
 鞭のように繰りだされる少女の言葉を、レギウスがさえぎる。色のない怒りがレギウスの胸のうちで渦巻いている。〈神の骨〉が戦いの予感に打ち震えている。
 少女は気分を害するでもなく、歌うような口調で言を継ぐ。
「ターロンさまの邪魔はさせません。あなたたちにはここで死んでもらいます。そのひとたちのように」
 少女が死屍累々(ししるいるい)と散らばる暗殺僧の死体に向かって顎をしゃくる。
 クスリ、と小さく笑い、少女が指を鳴らす。
 空気がざわめいた。
 虚空に生み落とされた闇の破片から白い闇が分離して、急速にかたちを得ていく。
 レギウスの肌がひりつく。
 人間のものではありえない獣的な殺気。殺すために製造された殺戮機械。
 この感覚は……知っている。似たような敵と戦ったことがあった。
 リンがハッとして唇をかむ。
 レギウスは〈神の骨〉の鞘を払い、正眼にかまえた。〈神の骨〉の、漂白したかのように真っ白な刀身が、戦場をおぼろに照らす灰色の光に鈍く映える。
 白い闇が、のっそりと立ちあがった。