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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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第六話 第二図書館


 朝食は謁見の間でとった。
 質素な朝食だった。茶碗に盛りつけられた真っ白なご飯、でっぷりと太った砲丸魚を香草で包んで蒸したもの、味付けの濃い山菜のスープ、甘辛く煮た豆。リンには量が足らないはずだが、竜鱗香で酔っ払った影響がまだ残っているのか、お代わりは要求しなかった。
 ジスラは四人の青年をそばにはべらせ、興味深げな目つきでリンとレギウスを観察している。レギウスが竜鱗香のことで文句を口にすると、ジスラはこともなげにオーッホッホッホと笑う。
「あら、すてきな一夜を過ごせたのではなくって?」
「おれはあやうく背骨を折られるところだったぞ」
「抱きしめられたぐらいで気を失うなんて、なんて軟弱なのかしら」
「……おい。どうしてそんなことまで知ってる?」
「ちょっと心配でしたから、あなたがたの様子を見に行きましたのよ。ローラン殿下があなたの服を脱がそうとして難儀していたから、わたくしがお手伝いしましたわ」
「って、あんたが脱がしたのか!」
「あの……わたし、記憶がなくて……昨晩のこと、まったく思いだせないんです」
「まあ、それは残念ですわ。護衛士がちっとも目を覚まさないから、わたくしが殿下のお相手をしてさしあげましたのよ? 殿下は激しいのがお好みのようですわね。わたくし、殿下の大胆さにずっと驚かされっぱなしでしたわ」
「「…………」」
「竜鱗香、まだ在庫がございますの。ご入用かしら?」
「いりません!」
「とっとと捨てろ!」
 ジスラは最高の冗談でも耳にしたかのように声をあげて笑う。
 レギウスは降参する。三百歳の竜を口で屈伏させることはできない。
 ジスラにまとわりつく四人の美青年が意味深な微笑を振りまく。殴りつけてやりたかったが、それをガマンするだけの自制心はまだ残っていた。
 満足そうなジスラの笑顔に見送られて、リンとレギウスは〈城〉をあとにする。出口までは例の黒髪の青年が案内してくれた。じめじめとした濃灰色の石積みの壁が延々と続く廊下をたどっていく。
「さあ、ここから出れば〈第二図書館〉は目と鼻の先です」
 突き当たりの古ぼけた扉を青年は身振りで示す。白い歯をひらめかせて、にっこりと微笑んだ。リンは律儀に礼を述べたが、レギウスは口を開く気力もない。
 レギウスは扉を押し開ける。外は真っ暗だ。なにも見えない。廊下から洩れだす光も外の空間を照らさなかった。
「リン、おれにつかまれ」
「はい」
 リンがレギウスの手をにぎる。扉の外はどこかの廊下か通路に通じているのだろうと思いきや、周辺を手探りしても壁らしきものにぶつからなかった。濃厚な闇が指のあいだをすり抜けていく。
「では、お気をつけて。またお会いできますことを楽しみにしておりますよ」
 黒髪の青年がゆっくりと扉を閉める。完全に扉が閉まると、あたりは自分の手も見えない真っ暗闇になった。
 リンの息遣いとつないだ彼女の手の温もりが、暗黒に閉ざされた空間のなかでレギウスがひとりではないことを教えている。
「……クソッ、なんにも見えねえ。どっちへ進めばいいんだ?」
「食べ物のにおいがしますね。そちらへ行ってみましょう」
「におい? おれにはわかんねえぞ」
「わたしが先に歩きます」
 リンがレギウスの手を引く。レギウスは黙ってついていく。
 しばらく歩くと、前方に四角い光の枠が見えてきた。リンのいう食べ物のにおいもかすかに漂ってくる。
 なんの前触れもなく、光のなかに出た。
 ゴミだらけの路地のどん詰まりだった。後ろを振り向くと、腐りかけた木塀がだらしなく立ちふさがっている。路地の両側はいまにも倒壊しそうな二階建ての木造家屋の壁だ。
 どこにも〈城〉に通じる通路の入口らしきものはない。どういう仕掛けがあるのか、さっぱり見当もつかなかった。レギウスは肩をすくめる。
 足元に散らばる腐ったゴミの山を慎重によけて、ふたりは路地を通り抜けた。いびつなかたちの広場に出た。金色の陽射しの破片が、色もかたちも不揃いな粘土板で舗装した路面をジリジリとなぶっている。
 広場を横切る途中の、鍛冶職人らしい革の胴着をつけた髭面の男が、ふたりを見やっていぶかしげに眉をひそめる。反対側の路地の入口から裸同然の子供たちが数人飛びだしてきて、広場の真ん中に据えられた首のない銅像の周りを笑いながら何回もグルグルと回っている。
 レギウスは周囲を見回す。
 色あせた木造家屋の屋根の向こうに、〈第二図書館〉の真っ黒な丸屋根の群れがツンとそびえ立っている。なるほど。確かに〈第二図書館〉の目と鼻の先だ。しかも、第二の城壁の内側の旧市街にある〈第二図書館〉へたどり着くためには、旧市街をぐるりと取り囲む分厚い城壁をくぐり抜ける必要があったが、この場所は城門からもさほど遠くなかった。
 城門を守る警護兵は通行手形をあらためることもせず、投げやりに手を振ってふたりを通してくれた。旧市街へと足を踏み入れる。
 都市(まち)の中心にそびえる白と黒の巨大な王城とほぼ同時に建設された旧市街は、無計画に広がった新市街と違って街路が碁盤目状に整備されている。
 道の両側には真っ白な白装樹(はくそうじゅ)で飾りたてた瀟洒(しょうしゃ)な家並みが続く。伐りだしたばかりの蛍光樹の束、新鮮な野菜や果物、細工の見事な装飾品など、簡単な屋根のついた露店に並ぶ商品も新市街のそれとくらべるとどこか洗練されている。
 なによりも、新市街ではどこでも見かける、裸で走りまわる子供の姿がなかった。この時間帯はみんな学校へ行っているのだろう。午前の礼拝を告げる鐘の音が響き、青く晴れ渡った高い空に吸いこまれていく。
 〈第二図書館〉は周囲を運河で囲まれた一画にあった。たくさんの小舟が運河を行き来している。まるでカタツムリみたいに舳先(へさき)がくるくると渦を巻いた、落ち葉のようなかたちの細長い小舟が多い。くすんだ緑色の上衣を着た船頭が小舟を長い棹(さお)でたくみに操って、クモの巣のように張りめぐらされた橋の下をかいくぐっていく。
 運河を渡る橋のたもとでレギウスは足を止め、目の前にうずくまる〈第二図書館〉の威容を見上げる。この都市(まち)で唯一、王城よりも古い建築物である〈第二図書館〉は、南方五王国と中原七王国との国境地帯にそびえる霊峰〈虹の橋〉から切りだした黒曜石でつくられている。
 白装樹や石化樹を使った旧市街の白っぽい街並みに、ぶくぶくと太ったキノコの群生にも似た〈第二図書館〉の漆黒のたたずまいは、なんとも場違いな印象が強かった。
 〈第二図書館〉の歴史は古い。創建は三千年前の統合者戦争の時代にまでさかのぼる。終わりのない戦いに貴重な文献や書籍の散逸を危惧した当時の国王が、文化遺産の保存を目的に旧大陸の〈第一図書館〉を模して設立した。新大陸では〈凍月(いてづき)の帝国〉にある〈第三図書館〉と並ぶ蔵書数をほこる図書館だ。また、ここだけしか収蔵していない貴重な本も多い。
 もとは〈光の軍団〉の士官だったレギウスは〈第二図書館〉とまったく縁がない。ここを利用したこともなかった。