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紅装のドリームスイーパー

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Real Level.14 ──覚醒


 目が覚めた。

 白い天井、黄ばんだ蛍光灯、ベッドを仕切る白いカーテン。
 学校の保健室だ。そのベッドにおれは寝ている。
 そして、ベッドの横には丸椅子。
 丸椅子には──花鈴が腰かけていた。顔をうつむかせ、うつらうつらと眠っている。
 花鈴がいる。梁川じゃなく。
 花鈴は現実世界に還ってきた。おれといっしょに。
 おれは安堵の息をつく。長距離走のあとのような、けだるい疲労感。汗はかいていなかったが、毛布にくるまれた身体が火照って暑い。毛布をはぎ、ベッドに上半身を起こす。気配を察したのか、花鈴がハッとして目を開ける。
 おれと目が合う。
 花鈴がギョッとして自分の手を、自分の身体を見下ろし、顔をペタペタとなでる。半分開いた口が小刻みに震えた。
「還ってきたな、おれたち」
 おれがそっと声をかけると、花鈴はビクンと肩をそびやかした。
「あ……新城君……わたし……」
「花鈴、おれたちは還ってきたんだ」
 おれが繰り返すと、ようやく花鈴は現実を──文字どおり、この現実世界を受け止めた。花鈴の眼がうるむ。口許がゆがみ、鼻にシワが寄る。
 花鈴の涙腺が緩む寸前に、カーテンを開けて神崎先生がヒョイと顔をのぞかせた。
「新城君、目が覚めたのかしら? 具合はどう……」
 いまにも泣きそうな花鈴に目を留め、神崎先生が眉尻をつりあげた。おれを横目でにらむ。おれが花鈴を泣かせたと思っているんだろう。
「薬袋さん、どうしたの?」
「……いいえ、なんでもありません。ごめんなさい」
 神崎先生の疑念をはらんだ眼差しがおれに注がれる。おれはおずおずと微笑んでごまかす。神崎先生はますます疑念を深めたようだ。
「ホントになんでもないですから。大丈夫です、わたし」
 花鈴が胸のまえでワタワタと両手を振る。神崎先生は目を細めておれを見つめると、
「新城君、具合はもういいの?」
「え? ああ、もう平気です。すっかり治りました! このとおり、問題ありません!」
 おれはベッドの上で肩をグルグルと回す。
「そう。それならいいんだけど。念のため、体温を測って……」
「熱なんてありませんよ! ぼく、帰りますから!」
 あわててベッドから降りて、床に置いてあった上履きに足を突っこむ。半分、呆然自失状態の花鈴の肩をトントンと軽くたたいて、彼女の注意をおれに向けさせた。
「行こう、花鈴」
「……うん」
 神崎先生はなおも疑わしげな目つきをしていたが、「お世話になりました!」と頭を下げて、花鈴といっしょに保健室から逃げだした。
 廊下を進む。人影はない。グラウンドの方角から体育会系の部活の声がする。
 花鈴と話したいことは山ほどある。でも、ここでは口にできない。誰かに聞かれるかもしれないからだ。
 腕時計を確認した。五時近い。とっくに放課後だ。午後はずっと保健室で寝ていたらしい。狭いベッドにしばりつけられていたせいで、肩や腰がこわばっていた。手でもんで筋肉をほぐしていると、花鈴がボソリとつぶやいた。
「わたしの身体……」
 花鈴は顔のまえに手をかざし、掌(てのひら)と甲を何度もひっくり返してしげしげと観察した。
「葵さんの身体なんだね。わたしはいのちを葵さんからもらったんだわ……」
「なにもしゃべるな」
 おれは小声で、
「誰かに聞かれたら困るだろ」
「でも……」
 おれは足を止める。花鈴もつられて立ち止まった。彼女の顔をのぞきこむ。疲れきった顔。けれども、目の下にクマはないし、肌だってツヤを失っていない。見たかぎり、体調はすこぶるよさそうだ。
「帰ろう」
 しばらく間を置いてから、花鈴は首を縦に振った。

 教室に戻る。誰も残っていなかった。黒板には消し忘れた数式の残骸がのたくっていた。
 花鈴の席は以前と同じだった。廊下側の前方。おれの席は変わらない。おれのすぐ後ろの席は、はっきりと確認できないけど、たぶん早見菜月の席だろう。おれがそう伝えると、ようやく花鈴の表情に自然な笑みが戻ってきた。
「菜月がいるんだね、この世界には」
「菜月が交通事故に遭わなかった世界だからな。知ってるか? この学校、菜月だけじゃなくて大樹もいるんだぜ。大樹は野球部の四番打者でエース、菜月は野球部のマネージャーをやってる」
「お似合いだね、ふたりとも。中学のときから相思相愛だったみたいだから……」
 おれは肩をすくめる。窓に近寄り、外をのぞいた。グラウンドで野球部が練習している。ノックの打球に横っ飛びで喰らいつく泥まみれのユニフォーム姿が眼下に望めた。
「行ってみるか。大樹と菜月がいるはずだ」
「うん」
 おれと花鈴は連れだって無人の教室をあとにした。昇降口で靴にはきかえ、グラウンドに向かう。
 グラウンドはさまざまな体育会系のクラブが群雄割拠していた。なかでも広いスペースを占拠しているのが野球部とサッカー部だ。ネットを張った四角いグラウンドに野球部員たちの声がかしましい。
 ネットの裏から野球部の面々を観察する。大樹がキャッチボールをしている。楽しそうな顔。声がひと一倍、大きい。大樹の姿を目にして、花鈴が口をへの字に曲げた。大樹に関してはあまりいい思い出がない。いまは別の世界での出来事になってしまったが、菜月のお墓参りをしたとき、大樹に口汚くののしられたことを思いだしているのだろう。尻ごみする花鈴をなんとかネット裏につなぎとめて、しばらくの間、そうして野球部の練習風景を見物していた。
 おれたちに気づいたのは大樹じゃなく、菜月だった。背後から声をかけられ、振り向くと、そこに野球帽を斜めにかぶり、ノートを手にした菜月が立っていた。キョトンとした表情で、おれたちふたりを見つめている。
「あれぇ? 珍しいねぇ。ふたりいっしょにいるなんてぇ」
 と、菜月。あいかわらず間延びした口調で。
「……菜月」
 花鈴は息をつまらせる。またもや眼がうるむ。目尻から涙がこぼれそうになって、あわてて手の甲で眼をこすった。
「なにぃ? どうしたの、花鈴? あ、さては翔馬がいじめたのぉ?」
 菜月が腕を組んでおれをにらみつける。神崎先生と同じく、菜月もおれを悪者にしたいらしい。次々とあらぬ嫌疑をかけられて、おれは思わず天を仰ぐ。
「違うの。そうじゃないよ。なんだか……ちょっとね」
 花鈴はにっこりと微笑んで、まばたきを繰り返す。菜月が唇をとがらせる。まだなにか言いたそうに口をモゴモゴと動かしていたが、花鈴の笑顔とおれの仏頂面を交互に見比べて、
「翔馬、花鈴を泣かせちゃダメだよぉ」
「だから、泣かせてねえって!」
「ウソォ。いっつも泣かせてるじゃん。翔馬の甲斐性(かいしょう)なしぃ」
 おれは自己弁護をあきらめる。まあ、本人にそのつもりはなくても、菜月の非難の半分は当たっている。おれにもう少し甲斐性(かいしょう)があれば、花鈴だって夢魔に取りつかれたりしなかったかもしれない。でも、その場合はこうして菜月が生き返ることもなかったわけだし……結局、なにが正しいかなんて、すぐには判断がつきそうにもない。結果的に正解だった、ということもあるのだ。