小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

紅装のドリームスイーパー

INDEX|55ページ/98ページ|

次のページ前のページ
 

Dream Level.5 ──闘夢


 奇妙な落下感覚。
 続いて、身体が浮きあがる感覚。さながら深海から海面へ浮上していくクジラのように、上へ上へと全身が強く引っ張られる。
 身体にぴったりとフィットした宇宙服みたいな柔らかい殻(シェル)に、五体がすっぽりと収まる。
 目を開けた。
 あたしは、戦場にいた。

 崩れかけたモノトーンの空、溶けかけた建物と道路、ひりつくような空気。
 無数の真っ黒な影がひしめいていた。まるで古代中国の兵馬俑(へいばよう)のような、人間のかたちをした尖兵(せんぺい)の軍団。それが渦を巻き、無秩序な隊列をつくって突貫してくる。
「破(ハ)!」
 あたしの右隣で巫女装束の葵が破夢弓(はむゆみ)を振るっていた。光の矢をつがえ、続けざまに放つ。矢が黒い影に吸いこまれた。光が爆発する。影が消える。が、生じた隙間はたちまちほかの影が埋めていく。
「芽衣!」
 葵があたしに気づく。表情を明るくして、目尻を緩める。
「戻ってきてくれたんですね!」
 周囲を見回す。あたしが立っている灰色の地面は、靴がすっぽりと沈むぐらい柔らかかった。まるで溶けたソフトクリームの上に立っているようだ。
 一メートルと離れていないところに、赤黒く錆びついて孔のあいたドラム缶が、遠い昔に見捨てられた望楼(ぼうろう)みたいに、地面から斜めに突きでていた。ドラム缶のてっぺんにルウが従容(しょうよう)として身を横たえている。金色の瞳があたしをまっすぐに射抜いた。
「お帰り、芽衣」
「ただいま」
 あたしは歯をむく。正面に向き直る。顔のない黒い影──尖兵の人波がせまってくる。空はところどころがまるく抜け落ちて、その向こうに漆黒の深い闇をさらけだしていた。遠くに立ちすくむ高層ビルの群れが、武器を折られた勇者のようにうなだれ、腰を曲げている。色彩はない。白と黒の濃淡だけ。唯一、錆びにまみれたドラム缶だけが色を失っていなかった。
 狂った夢──悪夢の情景。夢魔が喰いつぶした、誰かの悪夢。
 溶けたソフトクリームみたいな地面は尖兵も容赦なく呑みこんだ。ズブズブと黒い影が沈み、溺れた尖兵が弱々しく手足を振りまわす。仲間の身体を踏み台にして、影たちが無言で突撃してくる。
「打(タ)!」
 葵が光の矢を放つ。先頭にいた影が光の破片を散らして蒸散した。
 あたしは自分も武器を召喚しようとして、いつもの制服姿でいることに気づく。舌打ちした。フレーズを唱える。
「装夢──バトルコスチューム」
 膨張する光の渦。それが収縮すると、深紅(クリムゾン)の鎧(アーマー)があたしの全身を包んだ。
「装夢──夢砕銃(むさいじゅう)」
 右手にずっしりとした銀色の銃が出現する。銃口を持ちあげ、駆け寄ってくる黒い影に狙いをつける。銃の扱い方は頭のなかにインプットされている。そのなかに、まだ試していない射撃があった。縄目模様が刻まれたグリップをにぎりしめ、あたしは脳裏にひらめいたイメージを銃にたたきつける。
「炎弾(エンダン)!」
 夢砕銃が吠えた。
 無数の短い光の針が銃口から飛びだす。よどんだ空気をかみちぎり、鮮血にも似た朱色の軌跡を引いて、殺到してきた影の軍団に襲いかかる。光の牙に喰いつかれた影に真っ赤な穿孔(せんこう)がうがたれる。影が灰色の地面ごと、ごっそりと蒸発した。白い蒸気がうっすらと立ちのぼる。
 夢砕銃の威力に葵が目を丸くする。ルウが「ほう」と感嘆の声を洩らした。
 あたしは小さくガッツポーズ。少しめまいがする。マナの消費が大きい。そう何発も撃てない。
 そのあいだも尖兵の突進はとまらなかった。かろうじて人間のかたちをした不定形なかたまりが、黒い怒涛(どとう)となって押し寄せてくる。尖兵の一体一体が見分けられるぐらい、彼我(ひが)の距離がだいぶ縮まってきた。
「装夢──斬夢刀(ざんむとう)」
 葵が武器を変える。まだ近接戦闘用の武器を使用するほど、敵が近いわけじゃない。あたしが横目でうかがうと、日本刀を真横に倒して胸のまえにかまえた葵がフッと笑みを浮かべる。
「このままではラチがあきません。奥義を使います」
「……奥義?」
 口にしてから、その意味があたしにもわかった。奥義とは、絶体絶命のピンチになったときに使う強力な技だ。たった一撃で何百体もの尖兵を全滅させる破壊力がある。葵はそれを発動させようとしている。もちろん、マナの消費量はケタ違いだ。マナを使いきって夢の世界にいられなくなる──目覚めてしまう危険性も大きい。が、いまここで使わないと、どのみち生き残れない。葵の覚悟のほどを知り、あたしは大きくうなずく。
 葵が深呼吸を繰り返す。目をつぶった。抜き身の切っ先を左手の人差し指と中指で軽くはさみ、柄をにぎる右手に力をこめる。
「奥義──夢狩りの舞い」
 葵の呼びかけに斬夢刀が応えた。白銀色の強烈な光が刀身から放たれた。葵の周囲の空気が乱れ、逆巻き、おめき声をあげて、真っ白に輝く刀身に吸いこまれていく。組紐(くみひも)で束ねられた葵の黒髪が激しく乱れ、緋袴(ひばかま)がちぎれんばかりにはためく。
 一瞬、葵の身体にからみつく蛇身の竜の幻影が白く浮きあがった。
「滅(メツ)!」
 裂帛(れっぱく)の気合。
 葵の姿が消える。
 猛り狂う風をまとい、大地をえぐって、葵が疾走する。
 生まれたばかりの星のような純白の光を吐き散らして、刃がおどる、おどる、おどる。
 触れたものすべてを喰らいつくす、貪婪(どんらん)で凄絶な神楽(かぐら)。
 葵が斬夢刀を打ち振るたびに光の刃がふくれあがり、黒い影を呑みこんだ。
 舞って、踏みこみ、舞って、とぶ。
 あたしは顔を右腕でかばった。まぶしくて目を開けていられない。目を閉じていても、まぶたを透かして光の針が眼底に喰いこんできた。
 焦げついた疾風があたしの肌をなめまわす。ドラム缶の倒れるくぐもった音が聞こえた。ルウの抗議の声。あたしのふくらはぎに触れる黒ネコの毛皮の感触。
 突如として、光の嵐が収束する。
 あたしはおずおずと目を開ける。
 十メートルほど前方──深くえぐれたクレーターの底に葵は立っていた。腰を落とし、斜め上へピンと伸ばした右腕に斬夢刀をにぎって。
 ひしめいていた尖兵はあとかたもなく消えていた。それどころか、地上にはなにも残っていなかった。倒壊した高層ビルがギザギザのシルエットをただれた空に突き立てている。灰色の空はひび割れ、空の破片が剥落(はくらく)した隙間からは暗澹(あんたん)とした闇がはみだしていた。
 葵が立ちあがる。斬夢刀が淡い光の粒を残して虚空に溶けていく。肩越しに振り向いた。顔色が悪い。口辺に浮かべた微笑みにも力がなかった。
 ルウが宙をとび、あたしと葵を結ぶ直線上に降り立つ。その動作を何回か繰り返して、ルウは葵のもとに向かう。ズブズブと沈む地面に足をとられつつ、月面に降り立った宇宙飛行士みたいなぎこちない歩き方で、あたしも一歩ずつ踏みだした。
 クレーターの斜面をすべり降りて葵のもとにたどり着くころには、いくらか彼女の顔色も回復していた。ルウが満足げに目を細め、「よくやった!」と賞賛の言葉を葵にかけている。