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紅装のドリームスイーパー

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Real Level.9 ──選択


 約束どおり、大樹と菜月の分はおれがカネを払った。駿平の分はステーキとパスタの差額だけ菜月に供出してもらった。駿平が菜月を拝む。熱烈な信者を獲得して、菜月はエヘンと胸を張る。
 大樹と菜月は学校にいったん戻る、と言って、ファミレスのまえで別れることになった。
「じゃあね、翔馬。また明日、学校で会おうねぇ」
 菜月がバイバイと手を振る。
 おれは反射的に手を振り返す。
 そうか……大樹も菜月も、おれと同じ学校にかよっているんだったな。
 学校へ行くと、大樹と菜月がいて、おれといっしょに授業を受けている──そんなシチュエーションを思い浮かべると強烈な違和感を覚えたが、どうにか平静なポーカーフェイスをたもった。
 大樹についていこうとした駿平の襟首をつかまえ、「おまえはさっさと家に帰れ」と追い払う。ブツクサと不満をこぼす駿平がいなくなると、おれと森のふたりが取り残された。
「……本屋に行かないか。ラノベの新作を見てみたいんだ」
 と、ワクワクしながら、森。こいつはホントにラノベ好きだ。というより、ラノベ以外の本を読んでいるところはいまだかつて見たことがない。
 断る理由もなかったので、一度、市民公園の駐輪場へ戻り、自転車を取ってくる。森は市営グラウンドにほど近い別の駐輪場に自転車を停めていた。わざわざ遠くに自転車を停めたおれを見て、森が不思議そうに首をひねる。なんでも大樹の試合の応援で、市営グラウンドの近くの駐輪場を森とふたりで何度か利用したことがあったらしい。「忘れちまったのかよ?」と森があきれる。もちろん、おれにはそんな記憶がない。適当に笑ってごまかしておく。今日は周囲の人間にたくさんの疑念を植えつけた。うかつに口をすべらせたら致命的なミスを犯しかねない。
 自転車に乗って、駅前の本屋へ向かう。初夏の強い陽射しがみなぎる街並みは以前とどこも変わらないように見える。くすんだ色彩の雑居ビルの群れ、騒音をまきちらして走りすぎていくクルマの行列、狭い路地をフラフラとさまよう通行人のムッとするひといきれ。憶えているとおりの風景だ。現実の改変の影響が及んでいたとしても、おれにはその違いを識別できなかった。
 本屋のまえに自転車を置いて、冷房の効いた店内に足を踏み入れる。聞いたことはあるけど作曲家の名前が思いだせないクラシック音楽の典雅な調べが、頭上からふんわりと覆いかぶさってくる。冷房が寒いのか、雑誌コーナーにいる老人がクシャミを連発していた。
 ラノベとコミックは店内の奥まったコーナーにまとめて置いてある。その途中の学参のコーナーを抜けようとして、森が急に足を止めた。あやうく森の背中に衝突しかけて、おれは小さく悪態をつく。
「どうしたんだよ、急に立ち止まったりして」
 森が黙って前方を指さす。
 書棚のまえにはひとりの少女が分厚い参考書を手にとって熱心にながめていた。ピンクの縁のメガネ。ほんのりと紅く色づいた頬。背中に垂らした太い三つ編みの黒髪。ヒマワリの柄のワンピースにくるまれた肢体は痩せ気味で、いささか女性特有の起伏にとぼしい。
 少女がおれたちに気づいてこちらに顔を向ける。つりあがった目とシャープな顎のラインが、メガネとあいまっていかにも秀才然とした印象を与える。
「なんだ、梁川じゃねえか」
 森がアヒルみたいに口を突きだす。
 おれは目をパチクリさせた。梁川──おれのケータイの電話帳にいつの間にか登録されていた名前だ。おれのクラスの委員長らしい。なるほど。確かに見た目はそれらしい雰囲気を備えた女の子だ。
 梁川の濃い蜂蜜色の双瞳が横にすべり、メガネの奥からおれと森を射抜く。手にしていた参考書を棚に戻し、うっすらと笑みを浮かべた。
「きみたちの用事は終わったかな?」
 と、梁川。優等生っぽい外見とは裏腹の、耳に心地よいアニメ声で。
「用事って……試合のことか?」
 おれは眉をひそめる。梁川の全身をつぶさに観察した。あらためて検分すると、目つきがややきついが意外とかわいい顔立ちをしている。審美眼の肥えた森だったら校内ランキングの対象に選びそうな美少女である。彼女と会ったことはない──はずだ。もしかしたら、幼稚園や小学校とかでいっしょだったのかもしれないが、おれの記憶のなかに彼女の影は見当たらない。でも、どこかで会ったような気がする。なんだろう、このつかみどころのない、モヤモヤとした既視感(デジャ・ヴュ)は……?
「用事が終わったのなら、私につきあってもらおうか」
 梁川はおれをまっすぐに見据えて、つくりものめいた笑みを深める。
「きみに話しておきたいことがあるんでね」
 おれはハッとする。この口調──抑揚のない単調な話し方に思い当たるフシがあった。
「おまえは……!」
 あやうく「ルウ」と叫んでしまいそうになり、あわてて口を閉じる。梁川が口許に冷笑とも苦笑ともつかない曖昧な笑みをちらつかせる。森がいぶかしげな面持ちでおれと梁川を等分に見比べた。
「……新城、おまえ、いつの間に梁川から誘いを受けるような身分になったんだ?」
「いや、違う、おれは別に……」
 そのさきが続かない。笑ってごまかすのもムリ。森はますます疑念を募らせたようだ。
「正直に白状しろ。おまえは梁川のなんなんだ?」
「おれは……」
「そうだな。彼はさしずめ私を守る騎士(ナイト)、というところか」
 梁川が真顔で断言するものだから、森はあんぐりと口を開けて絶句した。おれは軽いめまいを覚えて、眉根を親指の腹でもむ。もしかして彼女なりのジョークなのかもしれないが、ちっともそういうふうには聞こえない。
「フム。なにか誤解しているようだな。彼は真の意味での……」
 これ以上、森の疑惑をまねくつもりはない。おれは梁川──美少女の姿を借りている黒ネコのルウ──の手をにぎり、強引に引っ張ってその場を脱出する。梁川は抵抗しない。おとなしくおれについてくる。少女の華奢な手のつくりを強く意識した。目が合うと、梁川が笑みをひらめかせる。マズい。ついつい口許が緩みそうになるのをなんとかこらえた。
 森は凝固したまま、目だけを動かしておれたちを見送った。開きっぱなしだった口がピクピクと動き、「リア充爆発しろ」とお決まりの呪詛(じゅそ)の言葉を吐きだす。背中に焦げつくような視線を浴びつつ、おれと梁川は急いで本屋の外に出た。
「いつまで私の手をにぎってるつもりかね?」
 梁川の澄んだアニメ声に愉悦の響きが混じる。おれはにぎっていた手を乱暴に放し、梁川をにらみつけた。
「どういうことだよ? どうしてあんたがここにいるんだ?」
「それを説明しようと思ってきみを探してたんだ。きみが野球の試合の観戦に行ってしまったので、思いのほか時間がかかってしまったが……まあ、自分の置かれた状況はおおよそ理解できたようだから、よしとしようか。説明を聞く気はあるかね?」
 おれは内心で毒づく。梁川はツンと澄ました顔でおれの返事を待っている。怒鳴りつけたくても、相手がかわいい女の子だとそれもできない。たとえ中身が鼻持ちならない傲岸不遜(ごうがんふそん)な黒ネコであったとしても、だ。
「……わかった。ハナシを聞かせてくれ」
「では、私のマンションに行こうか」
「……え?」