小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

紅装のドリームスイーパー

INDEX|27ページ/98ページ|

次のページ前のページ
 

Dream Level.4 ──虚夢


 気がつくと、あたしはそこにいた。
 どこかの駅のホーム。黒ずんだレール。ビジネススーツ姿の男性や制服を着た学生たちが列をつくって電車を待っている。空は平板な灰色の天井だった。ホームの両側には立体感のない、演劇の舞台の書割(かきわり)みたいなビルが立ち並んでいる。
 黄色の無骨な電車が車体を揺すってホームにすべりこんでくる。黙々と電車に乗りこむ人々。電車が発車する。やたらと静かだった。電車の音も、アナウンスも、街の喧騒(けんそう)も聞こえない。
 ひとがいなくなって、がらんとしたホームのベンチに少女がひとり、腰かけていた。
 葵だった。
 巫女装束ではなく、赤いリボンが鮮やかな濃紺のセーラー服に身を包んでいる。
 心ここにあらず、といった体(てい)で視線を宙にさまよわせていた。あたしに気づいていない。
 ベンチに歩み寄る。数歩の距離まで縮まって、やっと葵があたしに顔を向ける。
 あたしがここにいることによほど驚いたのだろう、葵の目が大きく見開かれた。
「……芽衣?」
「こんにちは、というのもヘンかな」
 あたしが微笑むと、少し遅れて葵の口許にも笑みが浮かんだ。
「びっくりしました。まさか、こんなところであなたと会うなんて……」
「ここはどこ?」
 あたしは周囲を見回す。もうすぐ消滅する誰かの夢の名残──ゴーストシェルだろうか。あたしの心中を読んだかのように、葵は首を小さく横に振った。
「わたしの夢のなかです」
「へ?」
「あなたはいま、わたしが見てる夢のなかにいるんですよ」
 あたしは目をしばたたく。葵はクスリと笑って、自分が着ているセーラー服の襟を指でつまんだ。
「これ、現実世界での学校の制服なんです。実際はちょっと違うんですけど……。それは芽衣の学校の制服ですか?」
 言われて、あたしは自分自身を検分する。例のごとく、グレイのブレザーに白いブラウス、ブレザーと同じグレイのプリーツスカートという出で立ちだ。
「これはその……あたし、現実世界では男だし。あたしの現実世界での名前は……」
 葵が唇のまえに右手の人差し指を立て、あたしの言葉をやんわりと封じる。
「現実世界でのことは言いっこなしですよ。わたしは葵、あなたは芽衣。それでいいじゃないですか」
「うん……」
 もしかしたら、葵も現実世界では男なのだろうか。おっとりとした美少女なのに。まあ、それを言ったらいまのあたしも美少女だけど。
 それを確かめる方法を思いついたので、思い切って口にする。
「女性って貧血になりやすいそうなんだけど、なんでだと思う?」
「え?」
 とうとつな質問に葵が面食らう。頬に二本の指をそえ、眉をひそめる。その仕草がなんともかわいらしかった。
「……たぶんですけど、女性に特有の生理現象と関係があるんじゃないでしょうか」
「女性に特有の生理現象って……あ、そういうことね」
 やっとその意味がわかったあたしはひとりうなずく。なるほど、これは自分の母親には恥ずかしくて訊けない質問だ。それを言ったら葵のような女の子にも面と向かって訊けないけど。葵はけっこう平然としている。恥ずかしがるような素振りはない。葵の正体はやっぱり……男?
「どうしてそんな質問を?」
「ちょっと……友達から訊かれたもんだから」
 葵はフフと短く笑う。ベンチから腰をあげた。
 そのとたん、周囲の景色が変化した。あたしは周りに視線を向けた。目の前の風景に見覚えがあった。まちがいない。翔馬が住んでいる街の市立図書館だ。整然と並んだ書架にはたくさんの本がつまっていた。小さな子供たちが書架と書架のあいだの谷間を走りまわっている。雑誌の閲覧コーナーでは老人がのんびりと新聞を読んでいた。子供たちの足跡がついたリノリウムの床には、高い位置の窓から射しこむ金色の陽だまりが揺れている。
「ここって……市立図書館?」
「そうです。ここへはよく来ました」
 葵は書架の列の奥へと歩いていく。あたしはその後ろをついていった。棚に収まった本の背表紙はよくよく見るとタイトルがなかった。一冊を手にとってパラパラとページをめくる。小さな字が印刷してあるが、読もうとすると字がぼやける。
「普通に本は読めませんよ。夢のなかなんですから」
 と、学者のような説明口調で、葵。あたしは大きな白い本を棚から取りだし、表紙をめくる。印刷された字が紙面からはがれ落ち、小さな黒い粒となって煙のように蒸発する。あたしは肩をすくめ、本をもとの場所に戻した。
「奇遇だね。あたしもここには来たことがあるよ。たまに、だけど……」
「偶然なんかじゃないですよ。わたしたちは現実世界でも出会ってるはずなんですから」
「……な?」
 衝撃的な告白にあたしは二の句が継げない。葵はなんでもない口振りで、
「芽衣の夢見人(ゆめみびと)としての能力が開花したのは、現実世界にいるわたしと接触して刺激を受けたからだと思うんです。ひとりでに能力を発揮するひともいますが、ほかの夢見人と出会うことで初めて才能が目覚めるひとがけっこう多いんですよ。かくいうわたしもそうでしたから……」
 あたしは葵の顔をマジマジと見つめる。現実世界での葵は、翔馬の知っている誰かかもしれないってこと? 葵の正体の候補者になりそうな人物の顔が、リストとなってあたしの頭のなかに浮かぶ。それほど長いリストじゃない。葵の言うことが本当なら、つい最近に知りあった人間である可能性が高い。そのなかでも、まっさきに思い浮かぶのは、あのひとだけど……。
 あたしの表情を目にして、葵が苦笑いを浮かべる。
「現実世界のことを気にするのはやめましょう。さっきも言いましたけど、ここでのわたしは葵です」
「うん、そうだね。あたしも……夢のなかでは芽衣だから」
「……そちらのお嬢さんの名前は芽衣さんっていうのですか?」
 だしぬけにあたしの背後から野卑な男の声が飛んできた。肩越しに振り返る。いつの間にか、腕を組んで書架に背中をもたせかけた男が、ニヤニヤと笑いながらこちらをながめていた。歳は三十代のなかばぐらいか。濃紺色のビジネススーツをぴっちりと着こなし、真っ白なワイシャツの首には、結び目の大きな、金茶色のペイズリー柄のネクタイをしめている。きっかりと七三に分けた黒髪。ベッコウ縁の大きなメガネ。一見すると、堅苦しい銀行員か公務員のようにも思えた。
 男を認めて、葵が眉をつりあげる。
「山崎さん、勝手にわたしの夢のなかに入らないでくださいって以前にもお願いしたはずです」
 葵から山崎と呼ばれた男はヘラヘラと軽い笑い声を洩らした。はっきりいって感じが悪い。うわべはまっとうなサラリーマンだが、中身はロクでもない詐欺師みたいな、そんな印象の男だった。あたしの表情を読んだのだろう、山崎が澄まし顔で深々と頭を下げ、
「初めまして、お嬢さん。吾輩(わがはい)は山崎昭二(やまざきしょうじ)と申します。以後、お見知りおきを」
 あたしがフンと鼻を鳴らすと、山崎は唇の端をゆがめた。
「かわいらしいお嬢さんですね。葵さんのお友達かな?」
「芽衣に手を出したら、わたしが承知しませんよ?」