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紅装のドリームスイーパー

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Real Level.7 ──入眠


 日が暮れて間もなく、ようやく雨がやんだ。
 代り映えのしない日常生活。夕飯を食べたあとは風呂に入り、いつもの惰性でテレビのまえにはりつく。テレビといっても、駿平が好きなプロ野球のナイター中継だ。野球にそれほど興味がないおれにとってはただの時間つぶしでしかない。ダメ押しのスリーランホームランが飛びだし、試合の行方が決まった八回裏でテレビは切りあげ、二階の自分の部屋に戻る。
 照明をつける。机の上の、森から借りたラノベのヒロインがおれを出迎える。金髪のツインテールの美少女。夢のなかでのおれの分身──芽衣の容姿の原型となったもの。おれのアニマとやらが具現化した、おれが心のどこかで望んでいる理想のヒロイン。
 もう一度、ダメもとで花鈴に電話してみようと思った。ケータイを手に取ると、着信履歴が残っている。浩平だ。何度も電話してきたらしい。よほどおれに至急の用件があるのだろう。
 気は進まなかったが、花鈴のことでなにか知っているかもしれないと思い、浩平のケータイにかけてみた。なかなか電話に出ない。あきらめて電話を切ろうとしたとき、ようやく相手が出た。
「はい、早見です。新城君?」
「あ、午前中はどうも」
 そこで、浩平を置き去りにしてひとりで帰ってきたことを思いだし、
「その……すみませんでした。勝手に帰ったりして。失礼しました」
「…………」
 しばらくのあいだ、応答がなかった。もしかして怒っているのかな、と思いはじめたころにようやく、浩平の沈んだ声が聞こえてきた。
「……糸川君のことで悪いことしたね。ぼくの配慮が足りなかったよ」
「いえ。そのことはもういいですから。何度か電話をもらったみたいですけど?」
「ええと……うん、あれだ、薬袋さんのことなんだけどね……」
 おれはケータイをにぎる指に力をこめた。思わず、声がとげとげしいものになる。
「薬袋とあれから連絡がとれないんです。浩平さんのところに薬袋からなにか連絡がありませんでしたか?」
「ああ、それなら心配ないよ。彼女、いま、ぼくの家にいるから」
「……え?」
 一瞬、浩平がなにを言っているのか、わからなかった。その意味するところが頭に浸透してくると、鈍痛にも似た怒りが心の奥底からこみあげてきた。
「どういうことです? どうして薬袋がそこにいるんですか?」
「なんていうのかな……彼女、気が動転していてね。ぼくに電話してきたんだよ」
 抑えようと思っても、低いうめき声が口から洩れてしまった。おれと別れたあと、花鈴は浩平のもとへ行っていたのだ。想像もしたくないシーン──若い男女のあいだにありがちな──が次から次へと心の表層に浮かぶ。吐き気がした。
「薬袋さんのご両親には伝えてあるから。悪いね、新城君にも心配かけてしまって。それを知らせたかったんだ」
「いいえ……。おれも安心しました」
 怒鳴り声にならないよう自制するのが精一杯だった。ケータイをにぎる指の骨がギシギシときしんだ。
「……薬袋を電話に出してくれませんか? 話したいことがあるんです」
「ちょっと待って」
 浩平が電話口の向こうでボソボソと誰かに話しかける。それに答える低い声。よく聞きとれないが、たぶん花鈴の声だろう。
「ごめんよ。その……いまは誰とも話したくないそうなんだ」
 あんた以外はな、とおれは内心でひとりごちる。これ以上言葉を交わしていると積もりに積もった憤懣(ふんまん)をぶちまけてしまいそうだった。「わかりました。失礼します」と言い捨てて、電話を一方的に切る。
 手にしたケータイをベッドに放りだし、散々、悪態を吐き散らした。おれの頭のなかではまだ妄想がちらついている。妄想のなかで、浩平が花鈴を優しく抱き寄せている。浩平のタラコのような分厚い唇が花鈴の唇と重なり、そこからさらに……。
 首を横に振って、不愉快な妄想を頭から追いだす。腹の底が熱い。はらわたが煮えくり返る、という慣用句の本当の意味を実感した。
 しばらく経って、おれの胸のうちで荒れ狂っていた激情がクールダウンすると、今度はねばついた自己嫌悪と自己憐憫(れんびん)が交互に押し寄せてきた。
 花鈴が誰とつきあおうと、おれがとやかく言うことじゃない。それが浩平であったとしても、だ。それでも、浩平だけは許せないと思うこの気持ちは──単なる嫉妬なのか? おれはそんなに器が小さい男なんだろうか?
 じゃあ、とおれは自問する。いまここに花鈴がいたら、おれは満足するのか、と。
 わからない。花鈴に対して明確な恋愛感情は持っていない──と思う。大樹が菜月に抱いていたような淡い感情とは無縁だと自分では思いこんでいた。
 浩平が気に入らないだけだ。あの男だけはガマンならない。だけど、どうして、と問われると返答に窮する。生理的な嫌悪感、としか答えようがなかった。ウマが合わない人間というのはどうしてもひとりやふたりはいる。おれにとっての浩平はそうした存在だった。たぶん、浩平もおれのことをわずらわしく思っているはずだ。
 おれが浩平をどれだけ毛嫌いしようとも……花鈴は浩平を頼りにしている。おれなんかよりも、ずっと。花鈴の気持ちが理解できない。いったい、あの男のどこに惹きつけられるのだろう。とりわけイケメンというわけでもないのに……。
 もう、よそう。あれこれ考えてもますます自分が惨めになるだけだ。
 寝るにはまだ早かったが、パジャマ代わりのトレーナーに着替え、照明を消してベッドに潜りこむ。
 毎日、同じことの繰り返し──それでも、今日は昨日となにかが決定的に違う。
 菜月のお墓参りで大樹と一年ぶりに顔を合わせた。大樹はいまだに花鈴のことを許せないでいる。逆恨みだ、ということは本人にもわかっているはずだ。わかっていても、他人を傷つけずにはいられない。
 昔を思いだす。まだ小学生だったころ──四人でよくはしゃいでいた。大樹が少年野球の試合で投げるときは、いつも応援に行った。試合終盤の土壇場でサヨナラヒットを放ち、涙で顔をクシャクシャにしていた大樹の姿がいまでも脳裏に焼きついている。
 あの時間は、もう二度と戻ってこない──
 沙綾さん。おれに「ありがとう」と言ってくれた。その言葉が、おれの胸のうちで消えることなく、ぐるぐると循環している。幸恵さんとは何度も会話を交わした。いろんなハナシを聞いていた。
 まだ少女だったときの戦争の記憶──空襲と火災、逃げまどう人々、近所の一家が焼夷弾の直撃を受けて亡くなったこと。戦後の混乱期に過ごした学校の思い出。大学への進学を断念し、小さな会社に就職して働きだしたこと。当時はそれが普通だったお見合い結婚。お相手は商社に勤める謹厳実直なサラリーマンだった。結婚と同時に退職し、三人の子供が生まれて……そこからは子育てに必死になった。
 大人になった子供たちは次々と独立していった。長年、付き添ってきた夫も十年前に他界した。いまは長女夫婦やふたりの孫──沙綾さんと、いまは外国に留学しているという沙綾さんのお兄さん──といっしょに暮らしている。
 楽しかったのよ、と幸恵さんは語っていた。だからね、もう悔いはないの。幸せな人生だった……。