小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

紅装のドリームスイーパー

INDEX|18ページ/98ページ|

次のページ前のページ
 

Real Level.5 ──墓参


 おれは目覚めた。
 自分の部屋。部屋はまだ暗い。たぶん、真夜中だろう。
 深呼吸をひとつ、ふたつ。肌が少し汗ばんでいる。落ちていくときの感覚がまだ体内に残っていた。
 寝返りを打つ。いま見た夢のことを考える。やたらとリアルな夢。絶対に普通の夢なんかじゃない。葵もルウも、おれの想像力の産物だとはとても考えられなかった。これが一回だけなら、中二病が悪化したぐらいにしか思わなかっただろう。だが、同じような夢を立て続けに二回も見たとなると、ルウが夢のなかで説明していたことにも俄然(がぜん)、信憑性(しんぴょうせい)が出てくる。
 おれは夢見人(ゆめみびと)とやらで、夢の世界を渡り歩く能力がある──そう信じたくもなるというものだ。
 しかし──と、おれは思う。夢のなかでのおれは新城翔馬ではなく、芽衣という名前の、金髪のツインテールの美少女だった。なんでだろう? ルウは、あれがおれの望んでいた姿だ、と断言していたが……やっぱり解せない。ルウの言を信じるならば、自分でも気づいていないだけで、女体化願望がおれにはあった、ということなのだろうが……。
 それに、最後に現れたあいつ。黒衣の男──夢魔。目にしただけでゾッとした。葵とルウ──おそらくは、おれにとっても斃(たお)すべき敵。あいつを斃さないと、何十万人もの人間が夢を失うかもしれない。ルウの言うとおりだとすると、それは現実世界の人間社会によくない影響を与える。たぶん、おれの周囲にも悪影響が及ぶのだろう。
 ルウはおれにドリームスイーパーとなって、葵といっしょに夢魔と戦ってほしい、と要請していた。承諾はしていない。拒否もしていないが。いまは保留の状態だ。というより、すべては自分の想像力が生みだした幻影である可能性を、おれは完全に捨て切れていない。どれだけ真にせまった、明晰な夢であったとしても、だ。
 眠ると、またもや同じ夢を見るのだろうか。そう考えると、眠るのが楽しいやらこわいやらで、複雑な心境だった。
 だが、何度か寝返りを打ったすえに落ちていった色のない闇の底は、内容もロクに憶えていない、ぼんやりとした夢のなかだった。

 朝から雨が降っていた。
 土砂降りではないが、傘をささないとずぶ濡れになりそうな、霧状のうっとうしい雨だ。
 駅での待ちあわせは十時。十分ぐらいまえに着くように時間を見計らって家を出た。自転車は使わない。駅まで歩く。
 灰色に溶けた街の景色がおれを取り囲む。行きかう人々、流れるクルマの列、またたく信号。駅前のバス停で予備校の広告に車体をくるんだバスが乗客を待っている。
 駅の改札に着く。売店のすぐ横に花鈴がつくねんと立っていた。おれを認めておずおずと微笑む。
「おはよう、新城君」
「……おはよう」
 おれは眉をひそめた。花鈴は見るからに憔悴(しょうすい)していた。顔色はあまりよくないし、目の下にははっきりとクマが浮きでている。ひからびた唇が痛々しかった。
 おれが口を開きかけると、花鈴は小さく首を横に振る。それでも、言わずにはいられない。
「体調が悪いんじゃねえのか? ムリすんなよ」
「わたしは大丈夫だから……」
「ちっとも大丈夫そうに見えねえから言ってんだ!」
 花鈴は押し黙る。持てあました視線が宙を泳ぎ、ためらいがちにおれの顔へと戻ってくる。湿りがちな吐息をついた。
「ごめん。新城君には心配ばかりかけてるね」
「今日は帰れよ。家で寝てたほうがいいって」
 花鈴はかぶりを振る。
「寝るのはちょっと……それはやめとく」
「なんかあんのか?」
「うん……その、わたし、最近はずっとヘンな夢ばかり……」
「ヘンな夢?」
 背後から陽気な男の声が降りかかってきた。おれは口をとがらせる。ほどなく、声の主が斜め後ろからおれの視界に入ってきた。背の高い男だ。筋骨たくましい体格。浅黒い肌。シャツからはみだした腕は濃い体毛にびっしりと覆われている。
 男が、おれたちに向かってほがらかに笑いかける。笑うと大きな乱杙歯(らんぐいば)が分厚い唇の隙間からのぞく。
 早見浩平。菜月の兄。おれたちよりも三歳年上の大学生。
「おひさしぶり、ふたりとも! 元気にしてた?」
 浩平の顔を目にしたとたん、花鈴の顔に輝くような明るさが戻った。
「こんにちは、浩平さん」
 おれは小さく舌打ちする。
「……ども。おひさしぶりです」
 現れるタイミングが悪いよ、と心のなかで毒づく。表情に出さないよう注意していたのに、浩平はおれの顔の筋肉のわずかな変化を読みとったようだ。太い眉を曲げ、丸い目をますます丸くする。
「ん? 不機嫌そうな顔だな、新城君? ずいぶん待たせてしまったかい? まだ約束の時間には十分近くあるけど」
「いえ、そんなことはありませんよ。あいにくの天気でちょっとうっとうしいだけです」
「うん、天気が悪いな。まあ、遊びに行くわけじゃないから、あんまり天気は気にしてないけどね」
「……すみません、浩平さんにまでつきあってもらって」
 と、花鈴が軽く頭を下げる。
「いや、ぼくのほうこそ休日につきあってもらったりして、悪かったね。じゃあ、行こうか」
 浩平はおれたちをかえりみず、ひとりでスタスタと早足で歩いていく。やっぱりこのひとのペースにはついていけない。
 三人いっしょに改札をくぐる。下りのホームで待っていると、すぐに電車がきた。電車に乗る。三人並んで座席に座った。おれが右端、真ん中が浩平、左端が花鈴だ。
 さきほど、浩平の出現で中断されてしまった、花鈴のセリフの続きが気になった。問いただそうにも、真ん中に浩平がいるので花鈴と会話しづらい。浩平があいかわらず陽気な口調で花鈴と話している。ひさしぶりに浩平と会えてうれしいのか、花鈴は始終ニコニコしていたが、ときおりふと疲れたような表情をのぞかせていた。浩平はそんな花鈴の様子にまるで気づいていないようだった。あるいは、気づいているから、わざと明るく振る舞っているのか……。どちらにしても、おもしろくない。
 菜月のお墓がある霊園は、電車で二駅だ。あっという間に降りる駅に着いた。
 霊園へ向かうまえに駅のトイレで用を足す。洗面所で手を洗っていると、浩平がトイレに入ってきた。分厚い唇をすぼませて調子外れな口笛を吹いている。浩平が歩くたびにベチャベチャとなにかがへばりつくような粘っこい音がした。洗面所の鏡をのぞきこんだおれは、ちょうど真後ろをとおりすぎようとしていた浩平に声をかけた。
「ガムでも踏んづけたんじゃないんですか?」
「え?」
 浩平が足を止める。ゲジゲジの太い眉をひそめ、鏡のなかのおれと目を合わせる。とまどいながらも、浩平はその場で足踏みした。鏡に映った浩平の右足の靴底に、白いものがべったりとこびりついているのが見えた。
「ほら。自分の足を見てください。ガムがくっついてますよ」
 浩平が鏡を凝視する。途方に暮れた表情。右足を下ろす。グチャリとイヤな音がする。首を振って、また歩きだそうとした。
 ……なにやってるんだ、このひと?
 見かねたおれは背後を振り返って、浩平に呼びかける。
「浩平さん、だから右足にガムがくっついてますって!」
「あ、ぼくのこと?」