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シマダイ! - あの日の しゃーたれっ子 -

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女子の悲鳴が響く。俺は目を疑った。ツヨっさんの腕が、廊下に通じる窓を突き破っていたのだ。

破片で傷ついた腕から流れる赤い血が、古い床板に落ちていく。

俺はジャカルタの手を振り払い、ツヨっさんに走り寄った。


「大丈夫か! 何でなん?」


問いかける俺に、腕に残ったガラスを指で抜きながら ツヨッさんは言った。


「保健室……、ついて来てくれん?」

「お、おう……。ええで」


呆然とするジャカルタを残し、俺達は保健室に向かった。


結局その後もなぜあんな事をしたのか、ツヨッさんから口を開くことはなかった。

俺も、それを聞くのは何だか違う気がした。

ただ、もしもこの先ツヨっさんの身に何か困った事が起きたら、俺は全力で助けようと誓った……。


「島井と垣谷はどこ行ったんじゃあ!」


遠くの方でジャカルタの怒鳴り声が聞こえる。

俺達は目を合わせ、どちらからともなく笑った。


<S#4 「カコ」… 本山 夏純>


この街は、日本海に程近い盆地にある。夏はとびきり暑く、冬はめっぽう寒い。

校庭に、ひと晩で一メートル以上の雪が積もる事も珍しくなかった。


なので、冬の体育の授業では よく雪合戦をした。一回戦ずつ男女混合でチーム分けをする。

俺が初めてカコを意識したのは、そんなある日の体育の授業だった。


                  *


「よっしゃー、まずチーム分けをするぞー!」


背の順で2列に並び、隣の奴とグッパをする。


「グーチームは校舎がわ〜。パーチームは道路がわな〜」


2チームそれぞれ配置に付き、臨戦体制が整った。


「まだやぞまだやぞお……。よぉーい……」

〈ピーーーーーー!〉


合図の笛で一斉に雪玉が乱れ飛ぶ。

この雪合戦の勝敗は単純だ。雪玉に当たった奴は自己申告で退場。

人数が多く残っていたチームが勝ちだ。

我慢できない俺は、接近戦で一気に攻める事にした。


パリパリになった雪の上を そうっとそうっと歩く。バランスを崩せば、ズボッと腰まで一気に埋まってしまう。

だが俺は、雪上歩きが大の得意だった。

ある程度距離が縮まった所で、あらかじめ作っておいた雪玉を、まるでショットガンのように乱投した。


〈バッシーン!〉


その中のひとつが、運悪く女子の顔面にヒットした。

ショートカットのメガネっ子、……カコだった。

無言でうずくまり、顔を両手で覆っている。

肩が震えている、……泣いているのか?


「カコ!だいじょうぶ?」


女子のリーダー的存在で仲のいいミサコが、肩を抱き心配そうに顔を覗き込んでいる。

その間も雪合戦は進行中だ。雪玉の降る中で、2人を気にする者は殆どいない。

まして、カコに命中した雪玉を投げたのが俺のしわざだった事など、わかるはずもなかった。

俺は自分から言い出す事もできずに、二人の様子を伺っていた。


そして暫らくたった頃……。


「う〜ん……。よし!」


そう言うと、カコはすっくと立ち上がり メガネをポケットにしまった。


「ミサコ ありがとう、もう大丈夫……。こんなのかけとったんが アカンかったんだ」


まだ少し涙の溜まった瞳でカコは微笑んだ。胸の辺りが、何だかチクッとした……。


〈ピーーーーーーーー!〉

「よっしゃぁ〜、しゅう〜りょお〜!」


一回戦の終わりの笛が鳴った。なぜか一瞬カコと目があった。いや、気のせいかもしれない…。

二回戦目、俺はグーチーム 校舎側になった。

ふと見ると、カコが隣に立っていた。

焦った俺は……


「が、がんばれよ!」


と言ってしまった。


「うん、あたりまえやん!」


カコは笑ってそう答えた。


「ピーーーーーーーーーー!」


2回戦が始まった。1回戦の後ろめたさが残る俺は、作戦を変える事にした。

今回はカコの援護にまわり、狙ってくる奴を片っぱしから迎撃する事にしたのだ。

斜め後方から、誰にも悟られないように 狙いすまして雪玉を投げつける。

名付けて、スナイパー作戦だ。


そんな中、眼の前の光景に俺は目を疑った。カコが1回戦のショットガン作戦よろしく、雪玉を蓄え前へ前へ出始めたのだ。


(おめえは天然か! 守っとるこっちの身にもなれやぁ〜!)


と思ったが、勝手にやってる事なので、もちろん言えなかった。


ショットガン作戦は、俺の雪上歩行の技術があったればこその作戦だ。未熟な女子に遂行できるはずはない。

みすみす敵の的になるだけだ。

案の定、カコは何メートルか進んだ先で腰まで沈み、ニヤニヤしたパーチームの男子から一斉放火を浴びはじめた。


(くそ! 間に合うか……)


俺は雪の上を小走りしながらカコを助けに行った。時々踏ん込んだ長靴に雪が入ってきたが、気にしてはいられない。


「うおりゃぁーーーーー!!」


注目を惹きつける為に、あえて大声で叫びながら、狂ったように雪玉を投げ続ける。


「シマダイが来たでぇーーーー! 狙えーーーー!」


日頃のいたずらの恨みからか、おびただしい数の雪玉が一斉に俺めがけて飛んできた。


〈ピーーーーーーーーー!〉

「終了やぁ〜!」


(何とか助かった……) 


と思った瞬間、バシッと後頭部に雪玉が当たった。


(!?)


ビックリして振り返ると、埋まったままのカコから顔面にもう一発雪玉をくらった。


「なんだいやぁ……?」

「なんだいやって……、さっきのお返しに決まっとるっちゃ!」


そう言ってカコは笑った。


「えっ、俺が当てたって……知っとったんか?」

「そりゃぁ……まぁ……。ずっと、見とったしけぇ」

「見とった?」

「そ、そんな事より、めっちゃ寒いんですけど!」

「す、すまん!」


埋まったままジタバタしているカコは面白かったが、このまま放置もしていられない。

俺はカコの片方の手を持って引っ張ってみた。が、抜けない……。

今度は両手を強く掴んで思いっきり引っ張った。


(ズボッ!)


抜けた。


「……ありがとう」

「えぇっちゃ、でもあん時……」


あの時泣いていたのか聞きかけた……が、やめた。


「よかったなぁ、カコォ……」


恐ろしくニヤニヤしたミサコが声をかけてきた所で、俺達はハッと気がついた。

いつの間にか、かなりの人数に周りを囲まれている。

つないでいた手を お互い急いで離したが、もう遅かった。

一部始終を、皆に見られてしまっていたのだ。


「ヒューヒュー、あついねあついねぇ〜!」

(何てベタな冷やかしだ……)


「二人の熱さで雪が溶けちゃうよ〜!」

(お前、方言はどうした……)


「あ!」


しばらく騒ぎが続いた後、照れるのを通り越して困り顔のカコが叫んだ。

見ると、片方の足から長靴が消えていた。引き上げた時に、脱げ落ちてしまったのだろう。


「もぉ〜、なんでだぁ〜」


ふてくされたようにカコが言った。

冷やかされて照れているだけでは負けだ。閃いた俺は、お返しに皆に見せつけてやることにした。