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雨と少年

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雨の日に死ぬってどんな気持ちだろう。安心の午睡から目を覚まし、少年は眠気まなこに窓の外をぼんやりと眺めた。雨、濡れる灰色の街に、信号機の光が乱反射する。部屋の窓からは人影のない、悄然の大通りが見下ろせた。永遠に止みそうにない雨である。少年の気持ちはもやもやになって、深く沈んで最悪。楽しく素敵に蝶々になる夢を見てたのに。
少年は雨の日に、自分が死ぬことを思う。

ぼくはぼくが死ぬと終わってしまう。
この事実に気づいたのが、ひと月前に雨が降った日のことであった。少年にとってそれはまるで青天の霹靂、えも言えぬ衝撃だった。そんな驚天動地に、少年の小さな体は小さくぶりっと震えた。そして少年は屁を放った。先生に拳でしこたま殴られたような重さに加えて、ひどい困惑が心を握り潰したような感覚に、少年はすっかりやられてしまった。今までこんな嫌なことを考えたことはなかった。想像の中でも、夢の中でも、今までこんな嫌なことはなかった。
ひと月前の、その雨の日は食事もまるで喉を通らなかった。何をするにも放心したようになって、不意にぶりっと震えてはそのついでに屁を放つばかりであった。まったく情けない少年である。

それから一週間はそのことばかり。みんなが、世界中の、全部のみんなが、いつかは死んでしまうんだ。嘘みたいだ。少年にはそのことが信じられなかった。でも、これは、真実だ。どうしようもなく実際的なことだ。つらいな。いつかは死ぬっていうのに、みんな、お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも赤ちゃんも、友達もみんな、平気な顔して、永遠に生きるつもりみたいな顔して、暢気に、こともあろうに、まさか、笑ってやがる!気が狂ってるんじゃなかろうか!
気が狂っているのは間違いなく少年の方であったが、しかし、そんな彼の果てしない苦悩もやがては薄らぐ。何故なら、大抵の苦悩は薄らぐか濃くなるかするものだからだ。とにかく少年の苦悩は次第に影を潜め、――ぼんやり胸の奥にぬめった感じがするものの――あの嫌な真実のことも何となく忘れていった。それでまたいつものように、花と青空の夢を見て、学校の休み時間には人類史上稀に見るような馬鹿面で「お猿のお尻はマッカッカッ!ぼぉくのお尻はブッブッブッ!」などとふざけた歌を歌ってはひとりで爆笑しながら屁をこくのである。間抜けにもほどがある。

しかし、この雨の日、何週間も忘れていた、あるいは思い出さないようにしていた忌々しい事実が、俄に、とろろのように、ねっとり少年の体を包んだ。ぶりっ。
永遠に止みそうにない雨はさらに勢いを増して、寂寥の大通りには、もう随分と昔に絶滅してしまったかのように生き物の気配がない。信号機の光は淡い灰色の中で虚無。雨の音はノイズになって世界中。少年の目には雨、窓の向こう側はほとんど現実の地獄みたいだった。

ぼくはきっと、いつかのこんな雨の日に死ぬんだろう。

少年は少しだけ眼を閉じて、また開いた。少年の微笑。ほんとうの幻。夢の中じゃ蝶々にだってなれる。窓のこちら側にいる少年は、暖かい柔らかな光と空気に包まれている。気だるい雨の日曜日、少年の部屋の下では生まれたばかりの赤ん坊が平穏の中で眠っていて、お姉ちゃんは熱心に雑誌を切り抜き、お父さんとお母さんは呆けたようにテレビを眺めている。夢の中じゃ蝶々にだってなれる。そうだ。世の中には、取り乱すようなことなんて何もない。少年は今世紀最大の馬鹿みたいな顔で大きな欠伸をしてから、ベッドの上に横になった。



作品名:雨と少年 作家名:machiruda