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御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
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待ち人、来る

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 沙友里が泣き笑いのような弱弱しい表情を浮かべると、男はふっと笑って、そんな彼女でも受け止めて、肩を叩いてあげたのだった。僕はそれを見て、この男なら、沙友里を絶対に不幸にはしないだろうな、と思った。本当に二人の結びつきは強くて、それは空気でお互いを理解しているような、そんな心で通い合う共感のようなものがあるように感じた。
「お、そろそろ順番が来たみたいだぞ。硬貨は持っているか?」
「持ってるわよ。自分のお財布から出さないと、意味ないでしょ」
 彼らはそんな自然な会話をしながら、賽銭箱へと進み出て、硬貨を投げ放った。それは自分の抱いていた過去への未練を解き放って、未来へと繋げるような、そんな小気味良い音をしていた。だから僕は、少し頬を緩ませて二人の穏やかな様子を見守った。
 沙友里と男は同時に拍手をして、目を閉じ、何かを深く祈ったようだった。随分長く彼らは祈り、そして目をそっと開くと、微笑みを交換し合って、一緒に歩き出した。僕は賽銭箱に百円を投げ込むと、何を願ったのかよくわからないまま瞼を開き、二人の後に続いた。
 彼らは盛んに笑い声を上げながら、おみくじのところへと歩いていき、二人でくじを引いて見せ合っていた。その笑顔は本当に幸せそうな恋人そのもので、いやそれは恋人というより、もう家族のようなものに近かった。そう、家族だ……あんなに心を開いて語り合う関係は、僕では築けなかったのだから。
 そうして沙友里が「あ、大吉だ」と声を零し、嬉しそうにおみくじを結んでいるのが見えた。その横に男も結びながら、ゆっくりと彼らは出口へと向かって歩き出す。そうして僕は今度こそ彼らを見送り、ふっと笑って心の中でさよならを告げようとした。
 そこで、彼女が男へ、悪戯っぽい笑顔で語り掛けたのだ。
「私、何を願ったと思う?」
「当ててみようか」
「いいよ、そんなの。“好きな人が幸せでいられますように”って」
 彼女の言葉に、僕は少しだけ唇を引き結んで、歯を噛み締めた。そして、ゆっくりと唇を柔らかく微笑ませ、その優しい感情を最後に噛み締めた。それらは相反する感情のようでいて、どちらも沙友里を想う本心から来る、真実の想いだった。
 沙友里、幸せになれよ。
 僕はそう零し、彼女に柔らかな眼差しを送った。
 しかし、そこで――。
「あ、ミツルと沙友里、こんなところにいたのか!」
 出口から逆に入ってくる年輩の男女の姿が目に付いた。その皺の深くなった顔を笑みでより皺だらけにし、彼らは彼女達へと近づいていく。僕はふっと想いの綱が緩み、何か大切な想いが沙友里へと流れていくのがわかった。沙友里がその年輩の二人に近寄り、そう零したのだ。
「お父さんとお母さん、ごめん。もう初詣は済ませたから」
「せっかくだから、家族四人で並べば良かったのに。さあ、行くわよ。ミツル、沙友里と何の話をしていたの?」
「そうだな。沙友里の最低な彼氏のことを、最高の貶し文句で語っていたんだよ」
「ちょっと余計なこと言わないでよ、」

 そうして沙友里がその若い男へと放った言葉が、僕の胸を穿った。

「余計なこと言わないでよ、――“お兄ちゃん”!」

 ……お兄ちゃん。僕はその言葉を確かめて、ただ頭が真っ白なペンキに塗りたくられたように、思考が溶け落ちていくのがわかった。何だよ、それ。なら、さっきの二人の屈託のない笑顔は――。
「それじゃ、行こう。母さん、私は昼ごはん、和食がいいな。せっかく家族で集まったんだから、豪勢なもの食べようよ!」
 僕はすぐに遠ざかっていく沙友里の姿を見つめながら、手足が震えて、今にも崩れ落ちそうになるのを堪えた。そして、先程沙友里が祈った言葉を思い出し、胸から張り詰めた想いが溢れ出しそうになった。

 ――“好きな人が幸せでいられますように”

「沙友里ッ!」
 僕の叫びが神社の乾いた空気を引き裂いて、風となって沙友里の長い髪を吹き上げた。そして、彼女は肩を震わせてこちらへと振り返った。
 目を丸くしてぐるりと辺りを見渡し、そしてすぐに苦笑すると、前へと向き直り、歩き出した。
「どうしたの、沙友里?」
「いや、ちょっと――なんか、声が聞こえた気がしただけ」
 彼女はそう言って、僕へと最後まで気付くことなく、神社を出て行く。僕は何もできずにそこに佇み、彼女の細い背中を見守ることしかできなかった。僕の勘繰りすぎかもしれない。でも、僕のことを、彼女が想ってくれていたとしたら、それは本当に、今この瞬間の決まりきった運命の秘め事に違いなかった。
 僕はそっと彼女の結んだそのおみくじを見つめ、自分の引いたくじと重ね合わせた。

“待ち人、来(きた)る”

 僕はぐっと自分のおみくじを力を篭めて握り、そして、彼女のおみくじにそれを結び付けた。離れ離れになった僕らが、心の中ではしっかりと――いつまでも結び付いていられるように。そんな願いを籠めて。
 そうして僕は歩き出す。彼女が遠ざかっていった方向とは真逆の、冷たい風が吹く細道へと。そっとスマートフォンを取り出し、僕はそのアドレスを引き出した。そして――。

 ふわりと風が舞って、僕と彼女が触れ合った掌の温もりが、淡い桜色を描いて消え失せたのだった。

 了
作品名:待ち人、来る 作家名:御手紙 葉