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擬態蟲 上巻

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8 両替商と福田千吉



【擬態蟲】8 両替商と福田千吉

 内務省の役人たちから圓寅養蚕株式會社が海外の大型機械を買うことになるから
近々大量のドルが必要になるだろう、準備だけはしておいてくれ。
という打診を受けて、一計を案じる男がいた。
そんなに儲かるなら、横から手を出しておこぼれに預かろうじゃないか_。
せっせと営業社員をつかって、圓寅養蚕の株主たちから現金で株式を買い集め始めた。
株式というものがどういったものかも解からない個人株主たちは法外な金額を置いていく
彼らをよろこんで迎えた。
その男、横濱外国為替両替所の頭取の大塚は、圓寅海運の熊山社長に接触し
福田千吉の社内での立場について聞き出した。
桑畑権蔵に殴られた後なので熊山が福田千吉について、桑畑権蔵について
いいこと言うはずもなし。
ところが大塚と言う人物、両替商として海千山千、聞き出しようも手馴れたもので。
「それでは福田千吉さんの家族は桑畑権蔵さんに首根っこ抑えられておるんですね。
それで桑畑権蔵さんは女に目がない、と。」
男娼の小僧を抱かせてやれば聞いてもないことまで喋りだす。
こいつぁ、便利だ。と、大塚は思った。
福田千吉は横濱外国為替両替所との折衝に行き詰まりを見せていた。
内務省の主導の話と思っていた仏蘭西の大型機械導入案は
民間企業の大型対外投資の一環として役所の机上の作戦として進んでいた。
つまり機械購入を勧めるが、結局は「その資金は自前で調達しろ」というものだった。
壱千円もの大金の調達など簡単に言えば、桑畑権蔵に言い出せなかった。
もし言い出せば、その時点で殴り倒されるだろう。
大塚は桑畑権蔵が信州に遊びに行くことを熊山から聞きだし
その日を狙ってネルソンを連れだって、福田千吉を訪ねた。
ふたりは福田千吉の部屋に通された。
そこで長い長い時間が流れ、福田千吉は追い込まれていく。
白髪交じりの還暦過ぎた古狸然とした大塚は、福田千吉を嗜める。
「帝大出のあなたが、あんなやくざ風情の男になぜ頭が上がらない?
奥さんと息子さんを人質にとられているからじゃないのか?
そんなことは我々の手でなんとかしてみせる。
あなたが圓寅養蚕株式會社を取り仕切るべきだ。
そしたら我々も必要なだけのドルを融資することもできる。
どうだ・・我々と結託して・・あのやくざ者を追い出してやろうじゃないか」
「どういうことですか・・どういう手立てがあるというのです?」
大塚はにやりと笑う。
「この一年かけておたくの會社の株を買い増してきました。
いまじゃ発行済み株式総数のほぼ4割を集めました。
近日中に熊山社長さんからも5分買い取らせてもらいます。
どうでしょう、そしてあなたの持ち分5分を仲間に引き入れれば
株式数は5割。桑畑権蔵も好き勝手にはできませんて。」
「しかしあの男は、あの男自身の持ち分だけで株式の5割を持っています。
痛み分けでしょ。」
「だが無視はできない。
そしてそこで追い打ちをかけるのです。
税官吏を廓だの賭場だのあの男の影の部分に送り込むのですよ。」
大塚という男、本気だ、と福田千吉は思った。
「そのうえで、株式の売却を迫るのです。
廓だの賭場の清算金額は私の推計では四百円を超えるはず。
そんな金額を、あの男個人の資産で払いきれるものではない。」
ネルソンが話に紛れ込んできた。
「フクダさん、私はビジネスマンだ。
明治維新の時代にあんな古臭いスタイルの経営者はもういらない。
あなたのようなソフィスティケイトされた人物こそがふさわしい。」
勝手に手を握られて、しかし福田千吉の目に野望の炎が灯った。
「わかりました。前向きに考えましょう。」
福田千吉はようやく顔を上げた。

作品名:擬態蟲 上巻 作家名:平岩隆