小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

「メシ」はどこだ!

INDEX|6ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

第5話



 店に着くと、買ってきた荷物を下ろす。重いものは泰造が運ぶのは勿論だが、美菜も自分で運べる物は運ぶ。
 運び終わると、それぞれを冷蔵庫や冷凍庫に収める。その中でも買ってきたワラサ(鰤)は、頭を落とし、お腹を裂いて腸を出す。腹の中を綺麗に洗ってまな板を掃除する。血や色々なものが付着しているので、それを洗い流すのだ。それから三枚に卸す。
 泰造は包丁立てから大きな出刃包丁を手に取ると、頭の方の骨の所に刃先を入れる。背中の方から力を入れて背骨沿いに刃を入れて行く。ここまで大きく無い魚なら一気に降ろしてしまうのだが、七キロを超える大物はそうは行かない。
 尾の方まで刃が入ったら、今度はお腹の方にも骨に沿って刃を入れる。すると先程の背中の方に入れた斬り込みと繋がって身が降ろされて行く。尾の方まで刃が入ったらここでもう二枚に降ろされているのだ。
 剥がれた半身を脇に置いて、同じ事を繰り返す。すると半身が二枚に骨の部分が一枚の都合三枚になるのだ。
 これを切り身に分けて行く。これは刺身包丁を使う。刺身包丁は柳刃とも言われる包丁で、刃が柳の葉の様だからこう呼ばれると言う事だ。
 かなりの数の切り身が出来たので、これを醤油、味醂、酒、それに降ろし生姜を入れたタレに漬け込む。普通はこれだけだが、泰造はここに自家製の梅酒を少し入れるのだ。この梅酒の効果で、鰤の脂がかなり感じなくなり旨味が強調されるようになる。これも「花村」のオヤジさん直伝で、当然、今の「花村」の長女の婿さんにも教えている。
 それ以外の仕込みは美菜がやっている。刺し身に使う大根の妻や、降ろし生姜、大根おろしも作っていた。
「電話した方がいいよ。この時間なら帰ってるでしょう}
 美菜の言葉に時計を見ると九時を回っていた。
「そうだな、もう帰ってる頃だな」
 泰造は店の電話から「花村」に電話をした。
『はい、花村でございます』
「あの、牛島と申しますが、秀樹さんいらっしゃいますか?」
『ああ、なんだ泰造さん。暫く! よそ行きの声なんか出して……いるわよ。ちょっと待って』
 電話に出たのは優子の姉の愛子だった。、陽気な声でホッとするのを感じた。電話の向こうでは愛子が自分の亭主を呼んでいる。やや間があって
『もしもし、秀樹ですが、どうしました泰造さん』
「いやさ、オヤジさんは元気かなと思ってさ」
『ああ、オヤジですか、元気ですよ。今は組合の連中とヨーロッパに旅行してますよ』
「ヨーロッパ旅行?」
『そうなんですよ。飲食組合の理事達と視察を兼ねて行ってるんです。店は俺たちが居るから気にしないで行って来たらと言ったんですよ。そうしたらね。向こうで地中海の鮪の養殖を見たいから一週間予定を伸ばすと連絡があったばかりですから、帰って来るのは半月ばかり先になりますよ。帰ったら連絡させましょうか?』
 意外な返事だった。愛子の陽気な声からして違和感を感じたのも事実だった。
「そうか、元気なら嬉しいよ。ところで優子さんは店に居るのかい?」
 泰造は優子の依頼が何か納得できない事ではあったが、こうなると誰かが何かを隠してるのでは無いだろうかと考えた。
『それが、優子はねえ……』
 秀樹の声が言い淀んだのを感じたのか愛子が電話を取って
『優子とはもう縁を切ろうと思ってるのよ。半年ばかり前に私と喧嘩して家を出て行ったのよ。今は彼氏と一緒に暮らしてるわ』
「そう……それは知らなかった」
『だから今何をやってるかも知らないのよ。ゴメンね』
「いやとんでもない。みんな元気ならそれで良いからね」
『それだけは大丈夫。何かあったら連絡するね』
「判った。よろしく」
 そう言って電話を切った。どう言う事だろうか。店にはオヤジさんは旅行と言う事になっているらしい。では千住で見かけたと言う事は何だろうか。見間違い? いいや、そんな事はあるはずが無い。長年見慣れた中島水産の支店長が見たのだ。恐らく間違いはあるまい。だとすると、オヤジさんは嘘をついて店を出た事になる。
「もう少し調べてみないと何も判らないな」
 泰造は出汁を取りながら考えていた。

 店は今日も順調だった。最近は千住の東口に出来た大学の学生がやって来るようになった。この辺なら大学まで歩いても行けるので、近所の安アパートには学生が多かった。そこで顔なじみの学生に尋ねて見た。
「あのさ、おたくらは工業系の学生さんだから専門外かも知れないが、地中海での鮪の養殖ってそんなに盛んなのかい?」
 尋ねられた学生は
「何言ってるのオヤジさん。そっちは立派な理系だよ。良く知ってるよ。かなりと言うか生産されている鮪の殆どが日本に入って来るんだよ。日本は世界一の鮪の消費国だからね」
 築地や千住でも生の鮪には生産地が貼られているが、「地中海産」と書かれた鮪が増えている事は何となく感じてはいた。
「そうか、ありがとう。お礼にこれ」
 泰造が出したのは鰤の骨を一口大に切り、生姜を入れて煮た「あら煮」だった。濃い味付けがご飯にも酒にも合う。
「ありがとうオヤジさん!」
 学生は喜んで食べていた。

 昼の営業が終わり美菜と二人で食事をしていると
「ねえ、本当はヨーロッパなんか行っていないのでしょう?」
 美菜が泰造に尋ねる。泰造は新聞から目を上げて
「まあな。二三日前に千住で見たそうだから、多分ヨーロッパには行っていないな」
「でも、それって組合の他の人に尋ねれば判ってしまう事じゃない。そんな見え透いた嘘をつくかしら」
「だから誰かが嘘をついてるのだと思う」
「そうだよね」
 美菜も箸を止めてトラックが通る表の道を眺めていた。暫く考えていたが
「ねえ、確か、あの消えたビルの反対側は芭蕉の碑だけど、その並びにお父さんが良く行く店の自宅兼倉庫があったでしょう?」
 美菜に言われて泰造は記憶を手繰り寄せる。確かに芭蕉の碑の隣というより二三軒先には乾物を取り扱う「石上」という店の自宅兼倉庫があったのを思い出した。
「そうだな。今度千住に行ったら、『石上』に行ってみるか」
「今度じゃなく明日行きなよ」
「そうか。そうだな……明日行って訊いてみるわ」
 微かな希望だった。「石上」の者なら年中あの場所に居る訳だから何かを見ている可能性があると言う事だった。気がかりは「花村」のオヤジさんを知っているかどうかだった。

作品名:「メシ」はどこだ! 作家名:まんぼう