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ひこうき雲

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 自分の態度が相手に伝わっていることに優越感を味わう。
-俺の仕事の上司は、日滝製作所の開発部長だ。派遣元のお前は、俺の人件費をむさぼる豚だ。-
 「みなとエンジニアリング」に入社して30年弱、ずっと親会社である「日滝製作所」の開発部署で仕事をしてきた。俺を育ててくれたのは「みなとエンジニアリング」ではなく「日滝製作所」だ。製作所の社員と区別されずに同じ仕事をしてきた。派遣という立場だから名札も名刺も製作所だが、評価は「みなとエンジニアリング」がする。表向きは派遣先の評価を反映することになっているが、人件費で稼ぐ派遣の人間の給料を上げると収支が下がる。

 日滝製作所みなと事業所が扱う「インバータ」という装置は、電車やエレベーター、電気自動車やハイブリッド自動車など、モーターを自由自在に回転させることで広く世に知れ渡っている。簡単にいえば、電気の形を自由自在に変えることができるこの技術は、この事業所のもう一つの主力製品「コンバータ」装置とともに、太陽光発電などの電力関係、各種電池の活用、蛍光灯を始めとした家電品など、モーター以外の大小様々な電気製品に応用されている。
 親会社である日滝製作所からの請負業務をメインにしている「みなとエンジニアリング」は、請負った業務をいかに効率良く行ったかで利益を伸ばしてきた。
 その業務は、設計、営業、検査、資材など、製作所の業務に密接に関係しており、身内でありながら単価の安い「みなとエンジニアリング」は、陰に日向になり製作所のスリム化とコストダウンを支えてきた。
 冨川が部長を務める設計部だけでも4つの課を抱えている。その内訳は、顧客の仕様に合わせて既存製品に標準的なオプションを組合せて製品化するスタンダード設計課、既存製品をベースに顧客の特殊な要望に合わせた設計変更を行うアレンジ設計課、親会社の開発部署で新製品の開発・製品化設計を行う開発1課、製作所の発注により周辺オプション製品を設計する開発2課であり、顧客に納める製品から開発まで、おおよそ設計に関する業務を網羅していた。
 当然それらの設計についても、製作所から案件ごとや部分ごとに1件ずつ発注を受け。請負業務として完成させる。製作所から支払われる報酬のうち人件費など諸経費を除いたものが「みなとエンジニアリング」の利益となる。
 入社以来の長きに渡って柿崎が働いてきた開発1課も例外ではなく当初は請負部署として業績を上げていたが、電子、装置、ソフトと3つあったグループのうち、電子グループが請負として開発案件をこなす他は、同じく3つある親会社の開発チームに混じって開発業務を行っていることと、そもそも電子グループも含めて製作所の開発部署の中で業務を行わなければ成り立たない事情が度重なる派遣法の改正に従い、業務形態を派遣にすることとなった。
 これによって、開発1課のメンバーがまとめて製作所の開発部署に「人材派遣」される形となった。これにより人材派遣業が業種に追加された「みなとエンジニアリング」だったが、一般に言う人材派遣会社とは異なり、製作所に派遣した開発1課の社員は、あくまで「みなとエンジニアリング」の正社員であり、非正規雇用ではないし、製作所のニーズがある以上、他に派遣する訳にはいかない。開発という単価の高い請負で利益を上げてきた開発1課は、一転して「働いた時間」を単価とした収入に切り替わった。正社員である以上、派遣社員の給与を低く抑えることはできないし、福利厚生人事諸経費も普通の社員として負担する必要がある。乱暴に言えば人材派遣業だが安くて自由に扱える労働力がなく、派遣先も選べない。仮に人材派遣業の裾野を広げたとしても、自らが請負をしているため得意分野である日滝製作所みなと事業所に派遣先はなく、手っ取り早く開発1課の人間をローテーションして他社に派遣すれば製作所の技術の流出になり許されるはずがない。開発1課は「みなとエンジニアリング」にとって扱いにくく儲けの出ない職場になった。不幸だったのは、折から成果主義の本格導入で評価方法が厳しくなったために、「みなとエンジニアリング」にとって利益を伸ばす結果を出せない開発1課から昇進するものは殆どいなくなったことが、開発1課のモチベーションを低下させてしまったことである。

 製作所の開発を成功させているのに開発1課から昇進するものがいないことを設計部長である冨川にそれとなく聞いた柿崎は唖然とし、聞いた事を後悔した。
「だって、お前らは「みなとエンジニアリング」に対して何もしていないだろう?」
 それは予測もしていない答えだった。今思い出しても腹が立つ。
 俺たちの仕事は製作所の開発をすることだ。そのために毎晩深夜まで仕事をしている俺たちは無駄なことをしているのか?

 昔は良かった。派遣になる前は「みなとエンジニアリング」の開発1課として、製作所の開発の一翼を請負い、その他のメンバーは、製作所の開発チームに混じって仕事をしていた。その頃は、まだ未来を感じることが出来ていた。「みなとエンジニアリング」の一員として活気に満ちていた。他部署との昇進の差もなく、むしろ開発は一目置かれるくらいで、評価にも不満はなかった。が、全員派遣に切り替わってからは、立場が逆転した。次々と出世する他部署の社員との差は広がる一方で、職場では、製作所の後輩にどんどん追い越されていった。
 俺たちはどうなってしまうんだろう。
 将来の不安に気づき始めた頃、
「開発は穀潰しだ。」
 と言われ始めた。言い出したのは、この「豚部長」だ。
 確かに収益を伸ばしているのは、請負部署だが、派遣という立場の開発は、収益を伸ばしようがない。だが「穀潰し」呼ばわりを素直に受け入れるほどプライドは低くなかった。
 開発経験が10から年15年の「脂が乗った」世代が次々に転職活動を始めた。この「穀潰し」発言は、彼らの自信とプライドを傷つけ、未練たらしく僅かに残った愛社精神を一掃した。そして30代という現実的な人生設計を考える時期に「このままでよいのか、しかしまだ稼ぎがある方が安心か。。。」と悩む彼らの背中を一気に押した。

 折しも、世の中はハイブリッド自動車を始めとしたエコカーと呼ばれる省エネルギーの自動車が世界的に主流になりつつあり、世界に先んじていた日本の自動車産業が再び日本経済の牽引力として注目されていた。電気の技術を多用したエコカーの開発競争は熾烈を極め、創業以来機械系の技術を主流としてきた自動車各社は、技術の比重を電気に移した。一朝一夕で技術者を育てられないことを知っていた自動車各社は、電気技術者の中途採用に躍起になっていた。このような中で、モーターを創設以来の得意分野として世界的な巨大企業となった日滝製作所の中でも、主としてそのモーターを駆動するインバータを駆使した各種製品を得意としていた日滝製作所みなと事業所、そこで開発を行っていた「みなとエンジニアリング設計部開発1課」の人間はうってつけだった。彼らが思っていた以上に世の中で食いっぱぐれのない立場だったのだ。
「仕事はやりがいがあって好きだったんです。でもね、、、もう子会社には入りません。」
作品名:ひこうき雲 作家名:篠塚飛樹