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尖閣~防人の末裔たち

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佐々木の太く包み込むような声がイヤホンを通して聞こえてくる。入隊以来、救難畑一筋で今年51歳になる佐々木は、どんな場面でも決して慌てる素振りを見せない。「慌てん坊に救える命は無い。」それが佐々木の名言として、クルーの間に定着している。
「了解、コース変更します。」
谷津がほっとした声で応える。少なくとも中国側から攻撃を受けたと明言出来ないうちは、何もイザコザは発生しないだろう。
「「いそゆき」の誘導に従い飛行するように、無線はチャンネル5を使用してくれ。以上。」
佐々木の声が消え、まさかの事態が発生したことを実感する2人を包み込むように重い沈黙がコックピットに訪れた。
「チェックリスト」
谷津は、雰囲気を変えようと努めて明るい声をあげた。谷津が、コース変更のチェックリトを読み上げ、小林がそれに従いND(ナビゲーション・ディスプレー)の解除を行う。チェックリストが完了すると、谷津は親指を立てて見せた。
小林は頷くと無線のスイッチを入れ那覇航空路管制を呼び出した。
「Naha Control,Seagull-02.We have new resque mission.Cancel IFR and direct Senkaku ilands VFR(那覇航空路管制、こちらはシーガル02当機は新たに救難作戦の命令を受けました。計器飛行方式による管制をキャンセルし、有視界方式で尖閣諸島へ直行します。)」
「Seagull-02,Naha Control.Roger,cancel IFR and direct Senkaku ilands VFR.Turn Right headding 250.Good Luck(シーガル02、こちらは那覇航空路管制、了解、計器飛行方式による管制をキャンセルし、有視界方式で尖閣諸島。方位250度へ右に旋回せよ。幸運を祈ります。)」
中年の男性管制官のGood Luckという声に使命感が奮い立つのを小林は感じた。
「Thank you!」
マイクに吹き込む小林の嬉しそうな声がコックピットに響き、コックピットにいつもの活気が戻る。
谷津は、操縦桿を右に傾け、4つのエンジンをコントロールするスロットルレバーを前方いっぱいに倒す。エンジンの状態を示す液晶ディスプレーのグラフが一気に伸びる。
Seagull-02は、右に傾けた群青色の機体に浴びた真夏の陽光を艶消しされた表皮で鈍く反射しながら野太さを増したエンジン音を轟かせて沖縄本島の海岸線から離れて行った。

自分では考えられないような高い視点から、いつも遊んでいた公園の砂場や、ブランコを見下ろしている。その一方で、いつも怖くて登れないジャングルジムの最上段が手に取るように近くに見える。大きく下から見上げていた木々の枝も、葉を取れるぐらいに近い。。。ここはどこだろう。懐かしい。。。手掛かりを見つけようと顔を右へ、左へ振るが周囲は何故か白んでいて遠くまでは見通せない。。。ふと自分の足を掴む腕の感触に今更ながらに気付き、足の方を見る。真黒に日焼けした太い腕、少し白髪の交じった短い髪。。。そうだ、父に肩車をされていた時の光景だ。。。
「お父さん」
と声を掛けようとしたが、声も出ないし、舌も回らない。父に気付いて欲しいが、なすすべがない。
それまで、右に左に心地よく揺られていた自分が、急に肩車から降ろされるような、或いは父がしゃがむような、とにかく「ふわり」とに下に向かう感覚がしたと思うと、これまでの公園の景色が滲み、霞み始め、何と言っているのか分からないざわめきが耳に絡みつく。。。「僕は降りたくない。」と、声にならない言葉を絞り出そうとしたとき、急に視野が明るくなった。
「おっ、気が付いたか、もうすぐ着艦だ。」
「おい、よく頑張ったな!安心しろ、もう大丈夫だ。」
昇護は、何を言われているのか、理解できなかった。でも、懐かしい声達だった。さっきのざわめきは、きっと彼らの声だったのかもしれない。昇護は顔を動かさずに目だけを上下左右に動かす。丸いメーターでひしめくパネル、周りは一面海。目の前には灰色の船、視界がハッキリしてくると、リズミカルだが重いサウンドを耳が感じ始めた。
-うみばと-
まるでパソコンが起動するときのように五感が徐々に立ちあがっていくような感覚。。。そして記憶も徐々に鮮明になっていく。。。
-撃たれたんだ-
自分の体がどうなったのか確かめたかったが、力が入らない。辛うじて首を動かし、隣に座り、操縦を続ける浜田に微笑みかける。俺は、大丈夫です。確信のない思いを込めて。。。
浜田が目を真っ赤にしているように見える。浜田は人差し指で前下方を指した後、親指を立てて何か言うと一瞬笑顔を見せた後、視線を前方に戻す。
浜田につられて昇護は前方をぼんやり見つめる。船に後ろから近付いているようだった。灰色い船。。。角ばった構造物の組み合わせで作ったように無骨だった。そして口を開けたひときわ大きな箱の前には円弧と放射線状に引かれた白や黄色のラインが引かれた平らな場所があり、後部には「27」と白で大きな数字が描かれていた。護衛艦の飛行甲板だった。
「お父さんの船。。。」
昇護は、何とも言えない安心感と、包容力に包み込まれる。そして昇護は再び目を閉じた。


作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹