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尖閣~防人の末裔たち

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28.灰色の船


島田は、艦内電話で医務室を呼び出すと
「島田だ。飛田2曹か、お疲れさん。至急輸血の準備だ。ん、血液型?ちょっと待て。」
受話器の送話口を分厚く太く短い指の手で塞いで艦長の倉田に声を掛ける
「艦長、息子さんの血液型は?」
「何でそれを?」
倉田は、目を大きく見開いて問い返してしまった。それは、おっとりした今までの口調に対して別人のようにきびきびとそして強い口調で話す島田に驚いたというよりも、何故負傷者が自分の息子だと言うことを知っているんだ?という素直な驚きだった。と同時に、艦長である自分に対して皆が興味を示してくれていたことが嬉しくもあった。
「そんなことは、みんな百も承知で動いてます。いちいち驚かないでください。」
島田が軽く微笑んだ。
ー家族みたいなもんでしょ。ー
と言っているような優しい瞳だった。
「ありがとう。Rh+のA型だ。」
倉田は、思わず感謝の言葉も含めて昇護の血液型を答えた。
「了解しました。任せてください。あとは、腹の弾ですが、ここではどうにも出来ません。搬送手段の確保をお願いします。それさえ何とかなれば、、、息子さんは助かります。」
島田は、受話器を手にした方の手で自分の胸元を軽く小突いて見せた。そして受話器を構え直すと、
「飛田2曹。負傷者の血液型は、Rh+のA型だ。準備を頼む。俺も間もなくそちらへ向かう。」
と言うと、受話器を元に戻して、倉田に敬礼する。
「よろしく頼みます。」
倉田は敬礼を返しながら、島田に感謝の気持ちを込めて言った。
踵を返してCICを後にする島田の背中をしばし見送っていた。
-あの人は、本番に強い人なんだな。-
普段は暢気にしているが、今はその背中すら別人に見えた。
「艦長、あと15分で着艦します。」
という三田1曹言葉に、倉田は我に返った。
「了解。全艦放送に切り替えてくれ。」
三田1曹が、切り替えると、ゆっくりと倉田に頷いて見せる。倉田は片手を軽く上げて礼を示すと、マイクに息を吹き込む。
「艦長より、達する。海上保安庁のヘリコプターが15分後に着艦する。事前の打合せ通りに航空機緊急着艦部署配備。掛れ。」
倉田はマイクをゆっくりと口元から離して卓の上に静かに置いた。表情が陰る。薄暗いCICでは気付く者もいない程度だが、その表情は暗く、そして思慮深かった。

 倉田の頭の中は自問自答の堂々巡りが渦となっていた。
-着艦して応急手当てをした後、どうやって運ぶか。。。島田さんは、さっきヘリとの無線で自衛隊那覇病院が最適と言ってたな。。。那覇まで約215海里(約400km)ヘリじゃ、2時間、、、いや、最大速度では燃費が悪くなるからここまでは飛べない。速度を押さえる筈だ。すると3時間以上は掛るか。。。それでもヘリを手配すべきか。。。ヘリじゃなければこの船には降りられない。ん、待てよ、飛行艇なら速いし、海にも降りられる。今日の波は多少のうねりが出てきたがあの飛行艇なら大丈夫だ。でも、飛行艇の基地は岩国だ。ここからどれくらいある?多分700海里(約1300km)近くあるんじゃないか?やはり3時間近く掛る
石垣空港までヘリで運び、そこから那覇空港まで飛行機で運んでもらうか?うん、これがいいかもしれない。飛行機があればジェットなら1時間かからない、いや、だめだ、那覇の海自基地にはジェットはいない。あ、空自(航空自衛隊)の救難機、あの水色のU-125Aならジェット機だから大丈夫だ。石垣までのヘリはさっきの交信から推察すると1時間か。。。救難機は、スクランブル待機しているからいつでも出れる筈だ。それでも乗せ替えや準備なんだで全体で2時間~3時間は見積もった方がいいな。。。空自に手配してみるしかないか。。。今からでも石垣に飛んで貰わなければ。。。-
倉田は、意を決すると、マイクを握った。
倉田が通信担当に那覇基地に繋いで貰おうと声を発する息を吸い込んだ瞬間、
「こちらTIDA03、「うみばと」との交信がひと段落したようなので割り込ませて頂く、お困りの様子ですね。今気付いたんですが、昨日から那覇基地に岩国のUS-2飛行艇が訓練で来てますよ。今日の午後岩国に帰る予定です。」

 飛行艇であるUS-2は、船のような機体下面の構造と両翼から下がるフロート(浮き)を持つが、引き込み式の車輪も備えており、海面での離着水から陸上の滑走路での離着陸もこなす。いわゆる水陸両用機と呼ばれる世界でも珍しいジャンルの飛行機だった。
 水上から離発着のできる飛行艇は、戦前各国で長距離洋上飛行に用いられ、旅客機、哨戒機など軍民問わず使用されてきたが、戦後は長距離は旅客機に、海上での利用はヘリコプターにその座を奪われた。現在では、水上から離発着できる特徴を活かして、湖面に着水して滑走しながら湖水を機内のタンクに吸い上げて離水。火災現場に散布する消防飛行艇として海外では大規模森林火災の消火活動で戦前に開発された旧式機を改造して活躍している。
 戦前から大型飛行艇で世界トップレベルだった日本は、その技術を戦後も継承。哨戒機や救難機として独自に飛行艇を開発し、運用してきた。特に救難機としては、航続距離が短く、速度が遅いヘリコプターではカバーできない範囲の救難活動、急患搬送活動に使用されてきた。海に囲まれた日本にとってなくてはならない航空機なのである。US-2は、その最新型にあたり、最新型旅客機のように液晶画面に各種情報を表示するグラスコックピットや油圧での操舵に変えて電気信号で操舵を行うフライバイワイヤなど様々な新技術を身につけ、2008年に量産初号機が初飛行した。
 US-2は、岩国基地に配備されているが、その任務の性格上、あらゆる基地から行動できなければならないため、定期的に全国の航空基地で訓練を行っている。その一環として昨日から那覇基地を訪れていたのだった。

「ラッキーだっ!」
思わず、倉田が笑みを浮かべ、ガッツポーズを見せた。CICの中の面々も大同小異この運の良さを喜んでいた。
「TIDA-03。こちら「いそゆき」艦長。吉報ありがとう。US-2なら1時間も掛らんだろうね。」
「「いそゆき」艦長。こちらTIDA-03。最大速度は315ノット(約580km/h)離陸すれば30分ちょっとでしょう。」
TIDA-03の皆川のダミ声も我が意を得たり、と弾んでいる。
「TIDA-03。こちら「いそゆき」艦長。恩に着る。至急搬送依頼を行う。」
倉田がTIDA-03との交信を終えるや否や
「那覇の第5航空群司令部に繋ぎました。いつでもどうぞ。」
通信士の渡辺2曹が得意気に倉田に告げた。
倉田は、礼を言うと、海上自衛隊那覇基地、第5航空群司令部に、状況報告と、US-2による搬送を依頼した。US-2が所属する岩国基地の第31航空群には、第5航空群から出動要請がなされ、即座に那覇に展開しているUS-2を向かわせる命令を発した。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹