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尖閣~防人の末裔たち

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そして、「3点について」報告するように、と前置きしてから箇条書きのように簡潔に報告を要求してきたことも安心感を増す要素となった。こういう時だからこそ、理路整然としたやりとりは神経を擦り減らさずに的確に対応できるし、何よりも冷静に判断できるようになる。それが船長たる多くの人間を預かる「器」の役割なのかもしれない。そして俺自身も機長としての「器」を示さねば!
浜田は、自分に檄(げき))を飛ばすと、クルーに気付かれない程度に大きな深呼吸してから無線機の送話スイッチを押した。
「MH「うみばと」了解。支援に感謝する。質問頂いた3点について報告します。
1つ目。副操縦士の出血は、100cc~150cc。出血尚も続いています。顔面蒼白意識なし。
2つ目。射撃元は不明です。3発撃たれた模様。
3つ目。日本漁船は蛇行を止め、横列のまま魚釣島領海内を周回し始めました。中国海警は、横列の漁船と漁船の間に入り込んだまま、漁船と共に周回しています。つまり、領海侵犯しています。漁船団は、中国海警に挟まれ、魚釣島上陸は困難。これ以上の進展はナシと具申します。」
浜田は、的確に報告した。一刻も早く昇護をどうにかしたい一心で、中国海警と日本漁船について意見具申をしてしまったのはやり過ぎかとも思ったが、ありのままの事実だ。進展しない中国海警と日本漁船の均衡状態にこのまま付き合っていれば。。。
-昇護の血が無くなっちまう。。。-

土屋はコックピットに上体を入り込ませる。コックピットとはいっても機長席と副操縦士席があるだけで、キャビンとの仕切りさえないのだが、機長席と副操縦士席の間には、様々なスイッチが並ぶコンソールボックスがあるため、キャビンからコックピットに入ることは出来ない。このため、土屋は、入り込ませた上体を捩りながらの作業になる。かなり作業がしずらい。さらに今回メインに操縦をするのが昇護だったため、昇護は右側の機長席に座っていた。このことが、右利きの土屋にとって更に作業性を悪くしていた。数分後、土屋はやっとのことで座席をめいいっぱい後ろにスライドさせることができた。そして土屋は、体勢を立て直すと、浜田の操縦にならないようにもう一度コックピットに上体を差し込む。ベルトを外し、昇護の体を浮かそうとするが、体勢がキツイため力が入らない。昇護の足元にある下方確認用の窓からは中国海警船の甲板が見える。
-あいつら、まだ銃を持っていやがる。。。-
ここで、「うみばと」が海域を離れればこの緊張状態に対する防波堤は無くなる。離れるわけにはいかないのは土屋も重々に承知だったが、また撃たれたらと思うと、体中から冷や汗が滲み出すのを感じた。ましてや上体を昇護に覆いかぶせるような体勢になっている今、昇護と同じような角度で撃たれたら。。。
-俺も昇護も蜂の巣になっちまう。。。-
早く昇護をキャビンへ移して応急処置-と言っても止血程度しかできないが-をしなければ、昇護が死んでしまう。必死になるがどうしても力が入らない。かといって2人で作業できるスペースはない。
-もう一回頑張ってみてダメだったら別の方法を考えよう-
再度土屋が、力の限りを尽くして昇護を動かした時、土屋は、ハッとして慌てて昇護から手を離す。土屋は自分が力を入れるたびに、それに呼応するかのように出血量が多くなるのにやっと気付いたのだった。
-俺は、何てことをしたんだ。馬鹿っ。何で今まで気付かなかったんだ-
土屋は自分を罵ると、唇を強く噛みしめた。
-もう無理だ。早く着陸して昇護をここから降ろさないと-
「浜田っ、無理だ。昇護を動かせないっ、早くどこかへ降りる算段をつけてくれ。」
土屋の声は、殆ど叫び声になっていた。
「了解っ、早く降りないとな!この体勢だと完全な止血は無理だろうが、出来る範囲でやってくれ!」
浜田は土屋の方を振り返ると、先ほどの焦りとは裏腹に優しくそれでいて力強い口調で土屋に言った。
「了解っ」
土屋はその言葉に勇気づけられるような気がした。たいして歳は違わないが、やっぱり機長は違うな。と、こんな時に妙に納得するほどの余裕が蘇ってきた。
浜田の言葉に、この異常時に機内がいつもの雰囲気に戻ったかのように一瞬で活気づいた。
その様子を確かめるように、浜田は、クルー1人ひとりと目を交わすと、最後に目を閉じたままの昇護を見つめると、きつく唇を結んで下方の中国海警船の甲板の人々を睨みつける。
そして視線を前方へ戻すと。
「PL「はてるま」こちらはMH「うみばと」副操縦士を操縦席からキャビンへ移すことは出血を増すため不可能。着座のまま応急処置を実施中のため確実な効果は見込めず。早急に着船の許可を求む。」
浜田は無線機のマイクに吹き込んだ。自分でも冷静な声に驚いた。
-やればできるじゃん。俺。-
昇護が死と直面しているという緊張をほぐすために、自らを心の中で茶化す。
「MH「うみばと」、こちらPL「はてるま」。現在本船は、中国漁船から離れられず、本船への着船は不可能。状況は了解した。着船させることを最優先にあらゆる手段を講じる。再度銃撃の危険あるため、別命あるまで船団から0.5海里(約1km)離れて監視を続行せよ」
-ん~。どうする気だろう。あの兼子船長の船だ。きっと何とかしてくれる。-
浜田は、とにかく銃撃の危険を避けられるだけでも今は助かる。兼子の計らいに感謝の笑みが浮かぶ。
「MH「うみばと」了解。連絡を待つ。」
浜田は無線に吹き込むと、サイクリックレバーをゆっくり右に倒し、右のペダルを少し踏んで「うみばと」を緩やかに右旋回させた。眼下の船団がみるみる小さくなる。
浜田はまるで会話のようにキャビンで安堵の溜息が交わされる息遣いを感じた。自分も大きく息を吐いた。肩の力が抜ける感触が心地よい。

「おいっ、まずはこれで手を拭いた方がいいな」
同じくキャビンにいた機上通信員の磯原がアルコール消毒を含ませたガーゼを土屋に差し出した。
「おっ、サンキュー」
土屋は受け取って手を拭い始めた。昇護を救おうと必死だったあまり、手が血で濡れていることに気付かなかった。当然飛行服の袖も血に染まっていた。すぐにガーゼは昇護の血で真っ赤になった。
磯原は、新しいガーゼを土屋に差し出すと、真っ赤なガーゼを土屋から受け取りポリ袋に捨てた。
磯原は再び血の染みついたガーゼを受け取り、ポリ袋へ捨てると
「ほいっ」
と言って磯原が包帯を差し出した。
土屋は、礼を言うと、包帯を受け取った。その包帯は、昇護の太股に巻くのに丁度よい長さで切られていた。
「さすが、いい感じに切ってくれたな。出来る男は違うぜ。」
土屋は再び上体をコックピットに入り込ませると、昇護の左太ももに少しずつ包帯を巻き始めた。続いて新たな包帯を受け取り腹にも包帯を巻いた。
「浜田、処置完了。だが、気休めもいいとこだ。」
土屋は言葉には出さなかったが、「早く降ろせ」という思いを込めて浜田に報告した。
「了解。あとは早く降りられるように祈ろう。」
もはや浜田達は、兼子を信じるしかなかった。。。

「弱りましたな~。」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹