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尖閣~防人の末裔たち

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昇護は、父にビールを注ぐと、父も昇護にビールを注いだ。喉を鳴らして旨そうにビールを飲んだ父は、嬉しそうだった。昇護は、日向に影に父が昇護の夢の実現に理解を示してくれていたことを思い出し、心の中で改めて父に感謝した。

店主との会話が途切れた頃、他の客も入り始めた。店内は俄かに賑やかになり、店主は他の客と他愛の無い会話をしながら、料理をしていた。
「ハイ、お待ちどさん。多分関東じゃあ味わえない味だぜ。」
店主は、倉田父子の前に来ると、カウンターから、刺身の盛り合わせを置いた。倉田家のある関東では珍しいアジとサバの刺身だった。
「おお~。」
店主の言葉に昇護は思わず、感動の声を漏らした。
父の醤油皿と自分の醤油皿に醤油を注ぐと父は、
「おっ、サンキュー」
と言い、昇護に割り箸を渡し、自分は割り箸を割った。
「ありがとう。いただきます。」
昇護は言い、割り箸を割った。
「いただきます。どんどん食えよ。」
と父は言い、刺身に箸を伸ばした。
父が刺身を口に運ぶのを見届けてから昇護も、刺身を醤油に付けた。醤油にはトロミがある感じがした。気のせいか?と思いながら、昇護はサバの刺身を口に入れた。ねっとりと刺身にまとわり付き、コクがあって甘味のある醤油の味が口の中に広がり、プリッとした、食感と濃厚なサバの風味が口の中に広がった。
「うわっ、旨い。醤油も関東とは全然違うんですね。」
昇護は思わず感嘆した。
「だろ、この甘みが良くマッチしてるよな。癖になるぞ~。」
父が満足そうに微笑んだ。
「おっ、気に入ってくれたかい。良かった良かった。」
昇護のリアクションに店主も満足気だ。
しばらくの間、旨い旨いと言いながら、2人は黙々と刺身を食べ、ビールを飲んだ。
半分ほど食べた所で、父が箸を置き、昇護にビールを注ぐと
「そういえば、母さんは元気だったかい?」
と、父が尋ねた。
「うん、元気だったよ。そうだ、お守りを預かってきたよ。俺と、父さんにって1つずつくれたんだ。」
そう言って、昇護はバッグから小さな紙袋を1つ取り出し、父に渡した。
「ありがとう。」
父は言うと、早速受け取った紙袋を開け、丁寧に中身を取り出した。
「ん?筑波山神社?海は関係ないような。。。ま、土浦から見える神様だからな。母さんらしいや。」
「だよね~。でも、ありがたいね。」
と昇護は相槌を打った。
「そうだな、ありがたい。」
父は、慈しむようにお守りを紙袋に戻して、自分のバッグに仕舞った。

その後は、母や妹の話し、妹の子の話など、他愛もない話が続いた。さすがに妹の子の話になると、父の顔は自然と笑顔になった。艦長や父ではなく、孫の成長を楽しむ祖父の顔だな、と昇護は思った。
腹も満たされてきた昇護がふと柱に掛けられた時計を見ると、飲み始めてから既に1時間半が過ぎていた。飲み物もビールから麦焼酎の水割りに変っていた。父が作ってくれる水割りは、少し濃い目だったが、味と香りを楽しむには丁度よいのだろうと思った。長崎では麦焼酎発祥の地、「壱岐」の「壱岐焼酎」が有名だと、父が勧めてくれたのだった。父は割らずにチビチビと飲んでいる。そもそも地元の人は父のように割らずにチビチビと飲むのだそうだ。ただし、アルコール度数が35度もあるため、慣れない昇護には水割りにしたほうが良いと店主がアドバイスをくれたのだった。

「そういえば美由紀さんとは上手くやってるのか?」
父が昇護に水割りを渡しながら聞いた。
昇護は、
「まあね。。。」
とさっきまでとは打って変わって歯切れの悪い口調で答えた。
「なんだ、上手くいってないのか・・・何かあったのか?」
父は、心配そうな顔をして聞いた。
「いや、ちょっと心配なんだ。直接会って確認したいんだけど離れてて無理だし。。。」
昇護は下を向いたまま答えた。
「心配?確認?浮気でもされたのか?美由紀さんに限ってそんなことはないだろ~」
父が努めて明るい声を出しているのが昇護には分かった。変な心配を掛けるのも父に申し訳ないし、ここはハッキリ言ってしまおう。どうせバレることだし。と昇護は腹を決めた。
「いやいや、そんなんじゃないんだ。美由紀はそんなことしないさ。実は、こないだ土浦に帰った時にプロポーズしたんだ。」
昇護は顔を上げて父の方を見つめ、力なく答えた。
「やるじゃないか!で、どうなったんだ?というより、元気ないじゃないか。もしかして断られたのか?」
父は先程とは打って変わった心配そうな顔を昇護に向けた。
「断られた訳じゃないんだけど、難しいってサ。あっちも仕事あるし。」
と言い捨てると、昇護はグラスを傾け、水割りを流し込んだ。もう味は分からなかった。不意に目頭が熱くなって来たのを感じた(えっ、俺、まさか涙出ちゃうんじゃないだろうな?)父は「男は男らしく」、「女は女らしく」をモットーに子育てをしてきた。男だった、いくら自分にとって深刻でも大の大人が人前で涙するなど、父が黙っているわけがない。しかし深刻なんだ。父さん。俺は尖閣なんかに行っている場合じゃないんだ。そう思えば思うほど感情が高まり、遂に一条の涙が頬を伝わり顎から落ちた。その後は堰をきったように2つまた3つと涙が新たな筋を頬に残して流れ落ちた。
正面を向いて俯いたままの昇護は父が黙ってこちらに体を向けて見つめている気配を感じていた。(怒れよ!父さん、こんな女々しい俺を昔みたいに怒鳴り飛ばしてくれっ!)昇護は心の中で叫んだが、父は何も言わない。
「あれ、涙が。。。おかしいな~。こんなことで泣くなんて。」
言い訳がましく口を開いた昇護に、父は軽く頷きながら、右手を昇護の左の肩にそっと置いた。それは、とても優しく暖かだった。幼い頃に頭を撫でてもらった時のような安心感がその手にはあった。そして、その表情は、とても穏やかで、長い航海から帰ってきたときに玄関で出迎えた幼い頃の昇護に見せた父の顔だった。
そして父がゆっくりと口を開いた。
「いいんだ、昇護。男同士で酒を飲んでいるときは、泣いていいんだ。それに、、、」
父が言葉を詰まらせた。
「それに?」
昇護が、目元を指で拭きながら続きを促した。
「それに、、、そのなんだ、、、それだけ美由紀さんに惚れてるってことじゃないか。断られたわけじゃあないんだろ?」
普段の表情に戻った父が、少し照れ笑いを浮かべて早口で言った。やはり照れているらしい。
「そりゃ、そうなんだけどね。離れれば離れるほど返事が悪い方向に行くんじゃないかって、不安になるんだ。海に出れば携帯も使えないしね。」
昇護は、箸の先で漬け物を少しだけ摘まんで口に運んだ。もう涙も乾いていた。
「そうだな、究極の遠距離恋愛だからな。船乗りは。。。」
父は、正面に向き直ると、グラスを煽った。空になったグラスに焼酎を継ぎ足し始めた。
「えっ、究極の遠距離恋愛?なにそれ?」
昇護の顔に笑みが戻った。
「あ、お前には言ったこと無かったな、ウチの若い連中には言ってやってるんだ。俺の持論だ。」
父は得意気に笑みを作って見せた。そして大声で笑った。
「なんだ、父さんが考えたのか、でも粋な艦長さんだな~。」
昇護も大声で笑った。
「で、どんな意味なの?」
昇護が聞いた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹