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尖閣~防人の末裔たち

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広美のグラスにビールを注ぎながら昇護は
「あのな、俺たちは付き合ったことすらないの。中学卒業して以来だよ、再開したのは。な、」
昇護はバッサリと言い切ると、美由紀に目を向けた。
「そうよ、誤解よ誤解。まったく広美は昔から早とちりなんだから。」
と美由紀は笑いながら言った。
「ふ~ん、なら奪っちゃえばよかったな~。」
と、広美は目を細めて昇護を見つめた。
「はっ?」
昇護は思わず後ずさった。
「バーカ。なに本気にしてんの?私がマニアに惚れるわけ無いでしょうが!ね~美由紀」
即座に広美に突っ込まれ、胸をドンっと平手で打たれた。
「マニアもさ、夢が、夢があるならいいんじゃない、かな。」
 静かに答えた美由紀を昇護はマジマジと見つめてしまった。
美由紀と目が合いそうになり、ヤバイと思った瞬間、
「夢があるマニアって、あ、そうえいば、昇ちゃん飛行機のパイロットだったっけ。なれたの?飛行機のパイロット」
 と広美が昇護をからかうような目で見つめた。
「飛行機じゃないわよ。ヘリコプター。海上保安庁のベル212型のパイロット!ねっ。」
 美由紀が広美の肩に手を載せて昇護を見上げる。あの時、休み時間に本を読んでいた昇護を覗き込んだ時の目、そのままだった。10年近くたっても昇護の夢を細かく覚えてくれていたことに、驚きと、なんとも言えない心地よさが広がる。あっ、俺はこの人に聞いて欲しかったんだ。
「なったよ。海上保安庁のベル212のパイロット。今はまだ配属されて間もないけど、、、夢、覚えていてくれたんだね。」
 昇護は思わず美由紀の手を握っていた。
 美由紀はグラスをテーブルにそっと置くと、美由紀の右手を握る昇護の手を左手で優しく包んだ。
「なれたんだね。おめでとう。」
 そう言った美由紀の目は、涙で潤んでいるように見えた。
「ありがとう。美由紀はなれたの?小学校の先生。」
 昇護は美由紀を見つめた。
「うん。なれたよ。2年間就職浪人しちゃったけど。」
 舌を出しておどけて見せる仕草も昔と一緒だった。
「おめでとう、良かったな。」
 と、握られた手を昇護もさらに左手で包み込んだ。
「あ~、見てらんない。清い交際って、こういうことを言うのかな~」
 握られた昇護と美由紀の手を広美がポンポンと叩いて呆れ顔で2人を交互に見比べていた。結構酔っているらしい。
 パッと手を離すと、ちょっと照れた表情を作った美由紀が
「あらっ、妬いてんの?」
 と広美に振る。あらぬ方向から矛先を向けられた。広美は
「何それ、だからマニアはヤダって言ったでしょ。」
 とムキになって言い返す。
「はいはい、マニアですんません。さ、飲もう飲もう。」
 と昇護が後を受けた。
 毒気を抜かれたかのように広美は
「じゃあ、乾ぱ~い」
 とテーブルのみんなとグラスを合わせた。
 それからはみんなでとりとめのない思い出話や、最近の地元の話題、恩師達の噂話で盛り上がった。
広美を警戒してか、それからは昇護と美由紀の間で2人きりの会話はなく、疎遠だった期間を取り戻すには、あまりにも短すぎる宴の時は終わりを迎えた。
「結局あまり話出来なかったね。」
帰り際にポツリと美由紀が言った。
「俺、時々帰ってるからさ、時間が合ったら今度ゆっくり話しようよ。」
 昇護が言うと2人は、どちらからともなく携帯電話をとりだして電話番号とメールアドレスを交換した。
中学を卒業してからの疎遠だった日々を取り戻すかのように帰省する度に会う回数を重ねた昇護と美由紀は、互いに惹かれ合い、恋人同士として付き合うようになるのに時間は掛からなかった。

 あれから4年。。。か。。。美由紀は結婚についてどう考えているのだろう。まずは自分の気持ちを伝えて、結婚について話し合えばいいか、美由紀が結婚に興味がないのでなければ脈はあるはず。最大のネックは仕事かもしれない。せっかく夢が叶ったのに、俺の嫁になったとたんに転勤族になる可能性は高い。その度に学校が変わることをどう考えるかだ。それが理由で断られるかもしれない。ならば俺は身を引くしかない。夢を追い求めて実現した者同士として、相手の夢を犠牲にして成り立つ結婚は大きな痛みを残すことになる。それを克服できるほど相手を幸せにすることは出来るのだろうか?それはできない。俺の夢も、美由紀の夢も天秤には掛けられない。
昇護は自問自答しながら朝食を食べに1階に降りていく。懐かしい母の味噌汁の香りが階段を昇ってきた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹