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尖閣~防人の末裔たち

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44.再会


 新月の夜だった。景色とはお世辞にも言えない漆黒が窓の外に広がり、うんざりしかけた頃に、飛行機は高度を下げ始めた。まもなく着陸へ向けた大きな旋回が始まると、石垣島の街の灯りが目に入り、やっと窓の外に景色が広がり始め、那覇空港を定刻の19:30分に出発したANA1781便は、1時間弱の順調なフライトを終えようとしていた。佐世保から高速バスを乗り継いで福岡空港へ行き、福岡空港から日本トランスオーシャン航空63便で那覇に向かい、石垣行きのこの飛行機に乗り込んだ。
 悦子が石垣島に来ている。と表だっては言いつつも、誘拐を臭わせる電話を受けた古川が、すぐに佐世保を出てから、6時間が経過していた。なぜ悦子を巻き込む。。。焦りよりも怒りがこみ上げてくる。それにしても、どうやって悦子を石垣島まで連れてきたのだろうか?誘拐したとしても、運ぶ手段はない。必ず飛行機か船を使わねばならない。船、か。。。それなら有り得るかもしれないな。でなければ説明がつかない。あとはどうやって潜入するかだ。まずは、河田水産に行くしかないだろう。
窓から外に目を遣りつつも様々なことを考えているうちに、その景色が画像として古川の脳に像を結ぶことはなくなり、代わりに2、3回しか行ったことがない河田水産の建物の見取り図を頭の中に描いていた。
 軽く下から突くような衝撃で、古川は、我に返った。無事に石垣空港に着陸したことに気付くと、ここからが勝負だ。と、自分に活を入れるように両手で頬ピシャリと叩くき、そそくさと降りる準備を始めた。

 空港ロビーを出た古川は、昼の暑さを引きずった南国特有の夜の暑さに溜息をついた。せめてもの救いは、すぐにタクシーが捕まったことだった。
「お客さん、どこに行きましょうね?」
 中年の男性運転手が行き先を尋ねる。
 聞くでもなく、同意を求めるようにも聞こえる柔らかい言葉遣いは、方言のひとつなのかもしれない。その言葉遣いが、屈強そうな怒り肩の持ち主であるこの運転手でさえ、穏やかで丁寧に観光案内をしてくれそうに思わせてくれる。
 今度観光で来たときには、是非案内してもらおう。無事に帰れれば、だが、、、いつもなら自嘲気味に笑うであろう古川の心の内は、しかし今日は違っていた。無事に帰らなければならない。悦子のためにも。。。
「新川漁港の河田水産事務所へ、お願いします。それと、途中で、そうだな~、なるべく酒が沢山売っている店、なければ酒が売っているコンビニでいいけど、、、寄ってもらえますか?」
 古川はなるべく楽しげに答えた。
「お~、お客さん、今から河田さんのとこで宴会ですかね~。お店まだ開いてますよ。じゃ、いきましょうね。」
運転手は車を出した。
「そうなんです。軽く飲んで騒ごうと思って。いい魚が穫れたって電話があったんですよ。」
 古川は、真剣に後方確認をする運転手の横顔に、さも嬉しそうに語った。

 元はコンビニだったと思われる造りの酒屋で、古川は、350mmlのビール6缶パックを2つに、ミネラルウォーターに焼酎、そして「スピリタス」という銘柄のウォッカを買った。そして、乾き物やスナック菓子などのつまみにかこつけて、チョコレートやクッキー、缶詰や飲料水も多数買い込んだ。そうそう紙コップと割り箸も忘れてはいけない。
 大量の買い物を、店で分けてもらった段ボール箱に入れてタクシーに運び込んだ。
 とにかくアルコール96%もあるポーランド製ウォッカの「スピリタス」がこの石垣でも手に入った幸運に古川は誰にともなく感謝した。

 河田水産からは直接見えないように、古川が河田水産の前の通りに出る角の建物を陰にしてタクシーを降りた時には、21時30分を少々回っていた。運転手に手伝ってもらい、タクシーのトランクから酒の入った段ボール箱を礼を言って受け取ると。タクシーがその場を離れるまで、見送った。古川が見込んだ通り、タクシーは角を出て河田水産の前の通りに出ると、河田水産とは反対方向に走り去った。これなら河田達に気付かれることはないだろう。
 古川は、段ボール箱を、暗がりの中に置くと、建物の角から少し顔を出して河田水産側を見た。しまった。古川は、心の中で舌打ちをした。街灯に照らされた河田水産の前の波止場には、いつものマグロ延縄漁船よりも2回りほど小さな漁船が1隻あるのみだった。いつもなら、ここに所狭しと大きなマグロ延縄漁船の「艦隊」が停泊していたのだった。いずれにしても河田はいない。ということだ。
 どこへ?尖閣か?まだあれから1週間もたっていないのに何故?もしかして悦子は既に殺されていて遺体を捨てに海に出たのか?くそっ、いや、だとしたら、船団を組む必要はない。それこそ、あの小さな漁船で十分だ。悦子を人質に取っているのに漁には出るはずはないし。やはり尖閣へ向かったのか?ならば、悦子も一緒か?密着取材の契約をしている俺をおいて尖閣へ出るということは、写真のことで俺を敵視しているか、ジャーナリストに知られてはマズいことをしようとしているに違いない。あの小さい漁船を奪って後を追うか、、、免許がない俺でも簡単に運転できるものなのだろうか。。。
 古川の頭の中を様々な憶測が飛び交い、発散しそうになる。そして悦子の安否に対する不安が膨らみ、動悸が高まる。くそっ、なんで関係のない悦子を。。。落ち着け。。。古川は自分自身に念じた。「出港してしまったものは仕方がない。」と、別の自分が何度も繰り返す。やっと動悸が収まった古川は、「まずは、明確な手掛かりをつかむ。」ということで、自分の不安を押さえ込んだ。「論より証拠」だ。と自分自身に言い聞かせ、通りに人がいないのを確認してから、通りに出、なるべく暗がりに沿って歩いた。
 しめた。
 古川の心が踊った。3階建ての河田水産の建物の2階と3階の角部屋の窓に明かりが見えた。古川の頭の中に数回訪れたことのある河田水産の間取りが少しずつ蘇る。確か、2階のあの部屋は社長室、そして3階の部屋は会議室だ。それ以外の部屋からは明かりが見えない。ということは、もしかしたら、悦子は3階の会議室に拉致されている可能性がある。社長室の明かりが点いているのが気にはなるが、河田は、必ず船団に乗り込み自ら指揮している筈だ。あの人はそういう男だ。見張りを残して出港したに違いない。女1人を見張るだけなら、男2人程度で十分だろう。大した数じゃない。男か、、、何もされていなければいいが。。。古川の心に、悦子に不倫された時の喪失感が蘇る。他人に寝取られた女だ。気にするな。と自分に言い聞かせるが、今回は自分が巻き込んだようなものだった。それに、自分のどこかに悦子に対する懐かしい感覚が広がっていくのを感じていた。まるで4年前からタイムスリップしてきたように。。。それと共に拉致しているであろう、河田の仲間に対する怒りも急上昇していた。
 とにかくそこに居てくれ。
 古川は祈ると、古川は段ボール箱を取りに戻った。段ボールの中からウォッカの「スピリタス」を取り出すと、栓を開けた。消毒薬のような臭いが、漁港の潮と腐った魚の臭いに混ざり中和されるように滑らかに溶け合い、すぐに違和感を感じなくなる。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹