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分かれ道

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泣くことが負けだなんて誰が決めたのだろうか。私はこの言葉を重く信じていたのだが、いざ泣きたい局面に陥ると、この言葉が何の意味も持っていないことに気がついた。仮に泣かなければ勝ったことになるのだろうか。それでは何に勝ち、その先に何があると言うのだろうか。泣かずに内側に溜まった涙は私の体の中を再循環し、悲しみを伴ったまま全身にそれを運んでいく。時にはその悲しみから体や心が成長することもあるだろうが、その成長は実に稀なことであり、基本的にはその悲しみによって体の内側から弾き飛ばされ、今自分がいる場所がわからなくなるのだ。そして、場所がわからなくなると何をするべきかわからなくなる。さらに悲しみを背負ったものが体のどこかを通るたび、その悲しみが再構成され、私の感情、思考を支配するのだ。これまで私が背負ってきた悲しみは何とか自分で対処できるものだったが、今回のそれはそうではないようで、私の視界に入るものすべてに新たな名札をつける。つけられた名札に書かれた名前は私にもわからないが、すでに名前が決められていて、これまでのように私が勝手にジャンル分けして、勝手に受けとめたりすることが許されていなかった。さらにたちの悪いことに、その悲しみは誰かに簡単に伝わるようなものではなく、それ故、誰かに話し、わかった気になることも許されなかった。これまではそれが許されていて、何かに負け、悲しみに包まれても受け流せてきた。それは今私の前を流れている川のように次々に流れていく水と同じようにどこから来たかわからなくとも向かう方向はわかっているという半確定されたものでもあった。途中で詰まっても、その原因は遮蔽物であり、解決するべき目標がちゃんとあったのだ。けれど、今私を流れているものは一方通行の物ではなく、私の体を縦横無尽に駆け巡る。それは川の表面をすいすいと泳ぐ、もしくは流れに逆らいながら泳いでいくあの一匹の蛙に限りなく近いように思える。しかし、その蛙は別に悲しみを背負っていないし、あの蛙は自分の意思で動いているのだ。様子以外のすべては私が抱えている悲しみとは違うものだった。
こうしているうちにも川は流れ続けている。川縁に設置された柵に体重をかけ、私は流れる川の模様を眺め続ける。他の目的を持つと私の集中は切れ、結局何もできない。そんな謎の無気力から何も目的を持たないという結論に至った。今日は大学の授業がある。いや、あった。けれど私は大学の最寄り駅を過ぎ、この川がある下町までやってきた。電車の窓から見えていた大学のビルがやけに大きく、やけに遠いものに思え、私が存在してはいけない場所に思えた。開いたドアから出ていく気になれなかった。そこに遮蔽物はなく、口を開け私がそこを出て大学に向かうことを一切拒絶していない。けれど私がそこをくぐることを拒んだ。誰かがくれた善意を私は軽々と無視したのだ。閉じたドアに映った私の姿はいつもと変わらない。大学で出会った友達から言われたのだが、私の服装はその時の私の気持ち、テンションを無意識的に表しているようで、気分がいいときは青色、悪いときは黒と決まっているようだ。今日は白い。一体どんな気分なのだろうか。
私がどんな気分で電車に乗り、大学をさぼっているのか、そんなことは私以外のだれにもわかるものではない。あらゆる事象を加味して、私の思考を推測することは可能であっても、私しか知らないことが確かにあり、それを加味していない推測など何の価値もないのだ。しかし、今日の私はどうやら二人いるようで、私にも自分が今、どんな気分なのか、わからず、かなり曖昧な推測しかできずにいた。一度立った電車の中はもう座る場所はなく、そばにあったつり革につかまろうとした。しかし、別につかまらなくとも立っていればいいかという東京に慣れた私の意識が働き、私は開くドアの前で一人立っていた。電車が進み、暗い場所を通るたびにドアに私の顔、姿が映るのだが、その顔がどんどん私が知らない自分になっていくのを感じた。その変化が恐ろしく、もう一人の自分が生まれ、表面に現れる瞬間に立ち会っているのではないかと思った。その出現を私は本能的に恐れたようで、電車が速度を落とし、ドアを開けたとき、どこかわからない駅で私は飛び出した。

川を見ながら今日起きたことをほとんど考えることなく思い返していた。それはちょうどあまり親しくない人の、あまり関わりたくない人のこれまでのアルバムを強引に説明を受けながら見ているときに似ている。今日の出来事のすべては私にとってどうでもいいものだが、興味のないアルバムと違うのは、これがなければ明日の私の体は形成されず、明日起こるかもしれない素晴らしい出来事を享受できないかもしれないという点にあった。九州出身の私にとって東京のどこも都会でビルが立ち並ぶ場所だったが、駅を降りて少し進んだところにあるこの下町の雰囲気は私の田舎の物に少し似ている。静寂な道を一人で歩くことは好きなのだが、本当に知らない場所を歩くことは同時に恐怖を感じる。この先の曲がり角から見たことのない、私の知らない何かが現れるのではないかと考えるからだ。逆にこの先の角から美しい女が現れ、恋が始まるといった、うれしい出会いがあることもある。私にとってそのうれしい出会いに美女との出会いは含まれなかった。九州に彼女が待っているからだ。しかし、今日からそれが崩れる。
私がどうして不確定な悲しみを背負い、こんな場所にいるのか。その原因は九州の彼女であり、もっと深くいうならば、私自身にあるようだった。大学に来て二か月。ようやく慣れ始めた東京の真ん中で、私は対応しきれない悲しみに襲われた。それを人に説明しようとすると、よくある遠距離恋愛の別れ話と捉えられ、私が悩んでいる本当の理由に気づかない。理由に気づかれない原因の主なものは私の説明力の無さによるものだと思うが、それと同じくらい、複雑な理由があるのだ。しかし、先に書いた通り、これは誰かに話してもどうにもならないものであるため、ここで詳しく考え、書くことはやめようと思う。

私がこうやって悲しみに包まれたとき、必ず紙とペンをもって外に出かける。しかし、今回の悲しみはいつもの物とは違うため、いつもの紙とペンは持っていなかった。間に合わせということで、私は手帳の白紙の一ページに私にしか読めない殴り書きで書き始めた。


作品名:分かれ道 作家名:晴(ハル)