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ひとりごと

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目を閉じた。
そして目を開くまでの時間は全くないように感じる。
この三日、毎日繰り返していた。夢を見ていないのは熟睡している証拠だとか聞くこともあるが、今の私には到底思えない。夜の光は消えることなく私の目蓋を通り抜けて写り込んでくる。その光が私の体と意識を支配する。そうしてすっと空気が流れて朝の光が入ってくる。同じもののはずなのだ。光に違いはない。それなのにこれほどまでに違って私の体に干渉してくるのはなぜなのか。毎朝同じことを思い、もう少し、あと少し、夜の光の余韻に浸っていたいと願う僕はきっと世の中の多数派なのだろう。私と同じ体の作りの人間がこう思わないはずはない。いや、こう思う塊が人間なのだ。
私は自分の先にあるであろう右手を伸ばし、ゆっくり目を開いた。するとどうだろうか、やはり朝の光は私を拒むようだ。私が拒んでいるのではない。その光を避けるために右手を伸ばしたのだが、その手をすっと避けて私を攻める。そしてもう一度目を閉じて静寂な夜を取り戻したくなる。けれど何度閉じても夜は訪れない。しかも光は熱を担いできた。新調したばかりの布団が熱を帯び、熱を吸収して私を拒んでくる。さらに音も差し込んできた。隣の部屋の玄関は錆び付いている。いつもこの時間にものすごい悲鳴をあげて開くのだが今日はいつもにましてひどい。そんなに出ていってほしいのか、そんなに私を苦しめたいのか。ならば声に出して言ってみろ。出ていけと言ってみろ。ほら、言えないだろう。私がいつも一人でこう呟くのを誰も知らない。
いつもと言えば、隣の部屋の玄関の音はいつも決まって朝だけなのだ。

無理矢理起こされた体はやはり重く、床に散らばった原稿用紙を避けて台所に向かうのは一苦労だ。昔は何度も踏んでシワがよることも多々あったが、器用になったものだ。所々汚れている台所には昨日の飯の残りとパンが一枚。冷蔵庫は空だ。パンに残り物の唐揚げを包み口に頬張りながら、着ていたジャージを脱ぎ捨て、シワだらけのワイシャツを着て、ソファーに座った。テレビがある。しかしつけない。どうせニュースはどうでもいいことばかりを流す。政治に関心がある若者がデモをしているらしいが、果たしてそのうちのいくらが信念を、知識を持っているのだろうか。そんなことは話さない。ただひたすら、事実を述べる。その事実を人々は欲しているようだ。朝のゆったりと進む時間を楽しんでいた。夜の思考がさえわたる感覚も好きだが、朝のこの感覚もまた好きだ。けれどもここまでの時間が長すぎるのだ。この時間が私の頭を支配してしまうのだ。そしてその時間とは別の時間は私の思考を支配するのではなく、邪魔するようだ。時計の針は8時を示していた。長針が短針を押し出す。抵抗など無意味だ。玄関を出る。隣のドアはやはり錆びている。

騒がしい都心へ向かう電車はいつも混んでいるのだが、今日に限ってホームに人がいない。田舎の駅かと思うほど人が少ない。高校時代、一度九州にいったことがあったが、あのとき初めて自動改札口がない駅に止まったことを思い出した。人がいないのが普通で10人もいれば何かの祭りかと思うほどらしい。その駅のホームにはなぜか巨大な鏡が小さな広告を押し退け大きく我が物顔で陣取っていた。なぜあるの
かきいても返事はわからんの一言。鏡自体に問いただしてみてももちろん返事はない。けれど、そいつはしっかりと私の姿形を写し出していた。写してほしくないものまで写すところは嫌いだが、時々礼が言いたくなるほど頼もしいやつでもある。それが実に不思議だった。あれから2年たった。たった2年だ。この2年何をしてきたか。周りからアナウンスや携帯で話すひとの声が聞こえる。きっと私が過ごした2年というのもこれぐらい軽く薄いものだったのだろう。あの人には大事でも私には関係ない。これの逆。

少し先にあの駅と同じように鏡がある。大きくはないのだが、ちゃんとある。いつもそこで髪型を整えているひとがいる。しかし、今日はいない。それならと私はそれに向かった。二年前の私の姿をそいつは覚えているのか。あいつとそいつは繋がっているのだろうか。もしそうなら、もう一度伝えてほしい、まだましだったあの頃を。そんな淡い希望を抱えていた。小さな鏡の前にたった。そんなみすぼらしい姿をしていたのかと笑ってやろうと思っていたのだが、なにかがおかしい。そこに写っているのは私ではない。恐らくねこだ。黒と白の縞模様のような柄の少し小さめのねこだった。後ろでは電車が動いている。雲も少し見える。絵ではないのだろう。試しに右手を動かしてみる。鏡のねこは左の手を動かした。そんなはずがないと一度目を閉じて見る。きっと朝の光が私をいじめているのだろう。もう一度目を開けるときっと普通の私が見えるはずだ。そして、電車は止まり、私はそれに乗り込むのだ。しかし、私の姿は変わらなかった。白と黒の毛は私の体にきれいな模様を作り出している。そこに光が入り込み、また少し違った色合いを見せた。

私はどうやらねこになったらしい。

これが私にはかなり不思議であったのだが、なぜかこれもありかと納得する私もいた。昨日と同じ電車にのって明日と同じところにいく平凡を憂鬱だと感じている私の感情を鏡は察してくれたのだ。そう思うと妙に納得するのだ。きっと今日は転換期なのだ。ひとからねこに。悪くはない。
ひとつ奇妙だったのは、いつからこの姿だったのかということだ。朝、家からこの駅までにかなりの人にあったはずだ。ねこがホームに入っていけば、回りの人たちは凝視し、何人かのひとは差し止めようとするだろう。しかし、その気配はない。ホームにいる数少ないヒトも私の異変に気づくものはいないようだ。いつの間にか時間が過ぎ、電車が発車しようとしている。緑の電車のなかにはヒトはいない。なら、この姿ではいっても問題はないだろう。そうして私は電車に普通に乗った。

おそらくだが、多くの人が自分の姿を認識している。それは他人からのイメージや鏡の影響を受けているだろうが、それでもなんとなくわかる。では、その姿が突然変わったら、人はどう反応するのだろうか。大きな声を出す者、なにも言えず、ただ立ち尽くす者、勘違いだと無視する者、たくさんいるだろう。そしておそらく私のような反応をするものはかなり少ないはずだ。私自身、驚いている。なぜここまで穏やかにいられるのか、普通に電車に乗り、携帯をいじっていられるのか。
姿を変えてみて、私は改めて自分の定義の弱さを実感した。いつもの自分の世界を突然変えられても私は何も感じない。しかしそれを驚いている。これほどまでに感情と言うのは曖昧なものなのだ。それを信じ歩いている人はいったいそれのどこを見ているのだろうか。
作品名:ひとりごと 作家名:晴(ハル)