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【試し読み】小野川兄弟の話

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小野川蓮太は、立ち読みの手を止めてその女を凝視した。

店内BGMのクリスマスソングなんて一瞬でかき消えてしまったようだ。女は、上はパジャマを着ているが、下は下着のみで、しかも裸足でセブンイレブンの店内をうろうろしていた。ぺたぺたぺた、と弱々しく、たどたどしい足音がリノリウムの床を叩く。むき出しのふとともには、新しいものから古いものまで、痣がびっしりついている。黒く長い髪が覆う顔も、たぶん似たような惨状なのだろう。
蓮太は、手に持っていたヤングサンデーを開いたまま、まっすぐ女を見ていた。
店員も、蓮太と同様に立ち読みをしている連中も、そんな蓮太はおろか、女の方に誰も見向きもしない。
蓮太は女から眼を離さないまま、ぱふ、と乾いた音を立てて雑誌を閉じた。その音に気づいたのか、女が、ゆっくりと、蓮太を、たぶん、見た。たぶん、と言うのは、髪で厚く覆われていたために女の眼が伺えなかったからだ。
それでも女の顔のひどさはわかった。顔の半分はパンパンに腫れており、鼻は予想通り変形していた。唇は殴られたときに相手の爪だか指輪だかで傷つけでもしたのか。上下を貫くように深い切り傷が出来ている。
女はすぐにうつむいた。蓮太は女の顔を凝視したまま、青年誌をブックラックに戻した。
女はまた、ぺたぺたぺたと足音をたてて、店を出ていく。蓮太もそれを追って、店を出る。

女は、ふわふわと波に漂うクラゲのような、頼りなさげな動きで前を進んでいく。
夜七時半の薄い夜の闇にすら、かすんでしまいそうな女の背中を見つめながら、蓮太は大股でゆっくりそれを追いかける。誰も、女のことは見ない。信号待ちの男も、コンビニの前にたむろする少年たちも、犬の散歩をするおばさんも。蓮太は無意識に胸ポケットに煙草を探そうとしたが、持っていないことを思い出して、ため息をついた。そのころ、女が古いアパートの前で立ち止まった。

二階建てで、上下とも三室ずつ横並びに、合計六室、部屋がある。二階へのルートは、アパート正面の駐車スペースから二階のど真ん中までかけられている金属性の外階段だ。路地の奥まったところに建っているため、街頭の光も乏しくよくわからないが、作りからして、この建物が相当古いものであるのがわかる。