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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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乾杯ダメ。ゼッタイ

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「えーー、それではみなさん。
 お手持ちのグラスを持ちましてぇ、かんぱ……」

「あーーっと! きゅ、急に電話が――!!」

誰かが電話に出るもんだから乾杯は一時中断。
黒い服に身を包んだ式の参加者はうんざりする。

電話が終わると、ふたたび仕切り直しとなる。

「では、整ったところで、みなさん。かんぱ――」

「きゃーー! 間違ってグラス割っちゃったー」

カシャンと高い音を立ててグラスが割れた。
もうわざとしか思えないが、式の空気を悪くしたくないので黙る。

畳みに広がるシミを拭き取ると、
今度こそはとまたグラスを構えて乾杯のタイミングをうかがう。

「みなさん、グラ……」

「は、はっくしょん!!」

「グラスを……」

「ごほごほごほごほ! うぇっほん!!」

「グ……」

「あ! 突風でパンチラが!!」

「なにぃ!?」

思わず全員がグラスを置いて、差された視線の先を探す。
もちろん何もない。

ここまでくると、明らかにわざと妨害しているしか思えない。
気付かない司会も酔っているとしか思えないが、
近くの参列者に小声で尋ねてみる。

「おい、いったいどうして乾杯を阻止してるんだ?」

「酒を飲ませるわけにはいかないんだよ。
 この酒を飲んだら、あの人は必ず悪酔いしてしまうんだ」

「なんで?」

「ここの入り口で飲み物が出ただろう?
 あれは悪酔いを防止するための酒だったんだ」

思い出すと、たしかに入り口で飲み物が振舞われた。
何の気なしに飲んでいたが、悪酔い防止のものだったとは。

「ああ、あったあった」

「酒癖悪い人もいるから、式を台無しにされないようにって
 ふるまわれたものなんだが今の酒とそっくりだろ?」

「あ、ほんとだ」

「うちの社長、
 "どうしてこんなところで酒を飲むんだ!"って
 結局、飲まないまま来てしまったんだ」

「ありそう……」

うちの社長はきわめて頑固だった。
その光景がありありと浮かんでしまう。

「で、今グラスに注がれている酒は
 "絶対に悪酔いする酒"と評判のものなんだ」

「ってことは……」

乾杯なんてしようものなら、入口で解毒酒を飲まなかった
うちの社長だけがおおいに悪酔いしてしまう。

まずい。非常にこれはまずい。

「だからみんな必死に止めているのか」

「お前も協力しろ。このまま乾杯されるわけにいかない」

そんなことを話していると、
もう誰も邪魔しないなときちんと準備をしてグラスを持ち始めている。

「やばい!!」


「えーーみなさん、携帯の電源は切りましたか?
 くしゃみは出ませんね? 咳ばらいをしておいてください。
 コップを落とさないように周りには気を付けて。オーケー?

 では、みなさん、お手持ちのグラスを持って……」

どうする。
どうする。
なにか阻止する方法を。

「ダメだ思いつかない!」

「それでは! かんぱーーい!!」

こうなったら実力行使しかない。
ラグビー部の経験をいかしてタックルで止めるしか!!

勢いよく飛び出して、向かうは社長。
上下関係を超越したタックルが社長に突き刺さる……


はずだった。

動きづらい服を着ていたために思い切りスッ転んだ。
タックルは届かず、社長はそのままぐいとグラスを傾ける。

「あああああああ!!!」


「んぐっ、んぐっ……ぷはぁ。どうしました?
 みなさんも早く乾杯したんだから飲みましょう!!」

全員があっけにとられて社長を見ていた。
もう乾杯することすら忘れている。

「では、乾杯はこれくらいにして、
 みなさん楽しく盛り上がりましょう!」

「……あれ?」

悪酔いしていない。
社長はけろりとした顔で戻っていった。

みんな楽しそうな顔で頭にネクタイを巻きつけたり、
ふざけて帯回しをしたりしていた。

「あぁよかった。社長が悪酔いしたらどうなることかと……」





一方、そんな状態の葬式会場を見た遺族は言葉を失った。

「な、何ですかこの状況は……!?」

「入り口で渡す解毒酒と、乾杯で使うお酒を
 まちがえて逆にふるまってしまったんです……」


葬式会場で乾杯をやらかすほどに、
参列者たちはおおいに悪酔いしまくっていた。