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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ぺんにゃん♪

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番外編「アレキサンドライトの光」


 血みどろの戦場、屍の山から聞こえて来る呻き声。
 白銀の軽鎧が朱に染まっていた。
 ――十二歳の誕生日をアレックは戦場で迎えた。
 皇帝に即位したのは八つの時。それから常に最前線で戦い続けた。
 ニャー帝国の政治は暴力と恐怖による圧政。それ故に獅子の王者は自らが戦うことによって、その権威を示さねばならなかった。闘神に昇華され崇められ恐怖されることが、煌帝の生き残る道だった。
 煌めきは短い。
 太古の煌帝たちは戦乱も多く短命であったと伝わっている。だが近年になってからは、その地位は確立され、長い統治をした煌帝も存在した。
 しかし、先代の煌帝は短命であった。
 長らく起こっていなかった内戦が勃発したからだ。
 実際の生死は明らかになっておらず、行方不明になったのちも長らく公にされずに隠されていた。数年が経ったのちに崩御が国民に伝えられ、新たな煌帝が即位した。早すぎる即位だった。
 アレックは屍の中に虫の息の自国兵を見つけた。
「役立たずめ」
 唾を兵士の顔に吐きかけ、さらに頭を踏みつぶして足を小刻みに動かした。
「うう……ううっ……(煌帝陛下……お助けを……)」
「汚い声で鳴くな、鬱陶しい」
 長剣が兵士の首に振り下ろされた。
 切り落とされた首はアレックによって蹴られ、死の山を転げ墜ちて逝った。
 歴代の煌帝の中でも、アレックの残虐性、攻撃性、カリスマ性は抜きに出ており、まさに獅子王に相応しいと側近たちは持て囃す。長い歴史の中で培われて来た、彼ら特有の価値観による賛美。
 怨念に満ちた呻き声がそこら中からあがって来る。
 皇族に伝わる指環は〈サトリ〉の能力を制御できる。
 あえてアレックはそれをせずに聴いた。
「クククッ、ハハハ、ハハハハハハハハッ……!」
 狂気に満ち溢れたアレックの嗤い声が死の丘に木霊した。

 戦場から帰還すると、側近たちが誉れの口上を述べようとするが、アレックは早々に人を避けて湯浴びに向かった。
 広い浴槽にただひとり。
 通例では何人もの侍女たちが煌帝の躰を流していたが、アレックは常にひとりで湯を浴びた。
 桶に溜めた湯を頭から被ると、足下が紅い水に浸る。
 深い溜息。
 アレックはなだらかに膨らむ乳房に手を添えた。
 また少し大きくなったような気がする。
「気持ち悪い」
 この胸を見る度に心臓が苦しくなり、やがて吐き気がしてくる。
 すぐにアレックは浴室を出て、身体を拭くと早々に服に着替えた。肌は極力隠し、厚着をする。
 言い知れぬ苛立ちを覚えながら自室に入ると、そこには優雅なドレスを着た母が椅子に腰を掛けアレックを待っていた。
「お帰りなさいサンドラ」
「もうそのような名前で呼んで欲しくない」
 母は明らかに哀しい顔をした。
 アレックには二つの名があった。
 アレクサンダーにして、アレクサンドラ。男と女の名。
 愛称はアレックにしてサンドラ。
 生まれた時につけられた名がアレクサンドラ。
 兄が行方不明になったのちにつけられた名がアレクサンダー。
 アレックは女でありながら煌帝として育てられた。
 しかし、それに反して影で母はアレックを女児として扱い続けた。
「新しいドレスがあるの、着て見せて頂戴」
 母が差し出したドレスはフリルがふんだんに使われた、いかにも女の子らしい可愛い服飾だった。
 手を伸ばしかけたアレックだったが、否定するように首を横に振った。
「母上、もうこんな真似やめていただきたい。余は煌帝アレクサンダー二世・デス・ニャーなのです」
「貴女はサンドラ、わたくしの可愛い娘」
「できることなら……余もできることなら……」
 アレックは瞳に溜めた涙を隠しながら母の胸に顔を埋めた。
 優しく包み込まれる母の温もり。
 苦しい胸の葛藤。
 母から得る甘い誘惑の安らぎ。
 急にアレックは母の体を押し退けた。
「いけません。女々しさは弱さに繋がる」
「女々しいですか……」
「そう、煌帝は雄々しくあるべきなのです」
「戦乱の時代には相応しい言葉ですわね。戦うことが男の領分。平和だった時代が懐かしい……リックが生まれたあの瞬間が、わたくしの幸せの絶頂だったのかもしれません。貴女も別の環境で生まれていれば、女性として生きられたのに」
 常日頃から母はよく兄の名を口にした。その度にアレックは憎悪を膨らませていった。
「兄上は死んだのです」
「いいえ、きっとどこかで生きております。あの時、掴んだあの子の尻尾が抜けさえしなければ、時空乱流に吸い込まれることはなかったのに。しかし、ニャルマリンの指環が、あの子をきっと守ってくださいます」
「いいえ、兄は死んだのです」
「リックさえ帰って来れば、貴女はもう煌帝を続けなくて済むのですよ」
「何を今更!」
 過ぎ去った過去は返って来ない。
 煌帝になったことは本望ではないが、過去を無かったことにはできない。
 もう兄は絶対に死んでいなければならなかった。
「余は引き返せないのです」
 アレックは小さく呟き、母を立たせて背中を押した。
「お帰りください。今はひとりになりたい」
 母を無理矢理部屋から追い出し、アレックはベッドに飛び込んだ。
 近くにあった人形を抱き寄せ、膝を抱えて丸くなる。
「(なぜ余はこんな苦痛を強いられるのだ。時代か、社会か、父上か、それとも母のせいか!)」
 薄汚れボロボロになった人形が強く握り締められた。
「(男児として育てることを決めた父に恨みをぶつけたくとも、もう死んでいる。復讐などできる筈もない)」
 だからと言って母を恨むことはできない。心を許せるのは母だけだ。
 では、この恨み、誰にぶつければいい?
「(兄上、万が一どこか遠い場所で生きているのならば、余は貴様を恨む。貴様さえいなくならなければ、貴様がいなくなったのがいけないのだ)」
 行方不明になったことは兄の意志ではなく事故だ。それでもアレックは見たこともない兄を恨んだ。そうするほかになかったのだ。
 アレックが独りの世界に浸っていると、それを壊すように部屋の扉が激しく叩かれた。
 不機嫌そうな顔をしてアレックが扉を開けると、側近の一人が慌てた様子で詰め寄って来た。
「ワンコ族が攻めて参りました!」
「なぜ、なぜ今更ワンコ族が……ろくな兵力も持ってはおらんだろう」
「それが長らく続く我が国の内戦を影で手引きしていたのがきゃつららしいのです」
「クククッ、面白い。レッドムーンに追放されてもまだ懲りぬのか。いいだろう、今度こそ一匹残らず根絶やしにしてくれよう!」
 その日から、戦渦は瞬く間に広がり、人々は血の雨の中で苦しみ藻掻いた。
 戦いが激しさを増す中で、アレックは力を求めた。
 すべてを圧倒するする絶対的な力。
 アレックは自分が女でありながら煌帝を演じることに劣等感を感じていた。故に異常なまでに力を欲した。
 そして、ワンコ族もまた力を求めていることをアレックは知る。
 宇宙の秘宝。
 〈パンドラの箱〉と〈聖杯〉。
 ワンコ族の手には渡せない。
 そして、アレックが向かった先は――地球。