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不人 一人目 ~空と地面はくっつかない~

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『不人 一人目 ~空と地面はくっつかない~』


【著】松田健太郎


●登場人物
◯十五三太(じゅうご・さんた)
◯見初香夜(みそめ・かや)
◯過左原泰造(かさはら・たいぞう)
○降田(こうだ)
○街の警官・新屋(しんや)
○砂毛晶(さもう・らら)
○春井(はるい)
○渡大巨(わたり・だいご)
○狩尾聖人(かりお・まさと)
○常世田千棘(とこよだ・ちとげ)
○五五五先生(みつご)
○特異部隊(人的特殊異常環境洗浄部隊)
○不人(ふびと)



【1】トランスボーイ

 ★この地区の、特に忙しくもない交番で、駐在の過左原泰造は女子高生の見初香夜と話していた。

過左原   また戦争だってよ。
見初   どこで?
過左原   ハンマーランドとピストルズ。
見初   ……どこ? だれ?
過左原   知らねぇの? 五五五先生の「エイトハーツ」だよ。
見初   漫画の話かよっ。
過左原   ハンマーランドってのは鍛冶屋の国でな?
見初   仕事をしなさいよ。
過左原   ピストルズってのは、主人公グループの一人が組織してるギャングなんだよ。
見初   それなに? 少年ステップ?
過左原   ちげぇよ、週刊フラワー少女だよ。
見初   少女漫画なのっ?
過左原   興味持ってきてるじゃねぇか?
見初   いや、べつに。
過左原   ったく。読んでみるか?
見初   ちょっとだけね。

 ★見初香夜は女子高生。なぜ交番にいるのかというと、彼女は補導されたわけでもストーカーから逃げてきたわけでも迷子になっているわけでもない。
 授業が終わると、いつもこの交番に来ているだけだ。放課後は交番で過左原泰造と話をする。ただそれだけのために来ている。過左原が公休のときは見初も交番には寄らずに帰っている。ただし、昨日は例外だった。過左原の出勤の日ではあったが、病欠していたからだ。

過左原   昨日、怪しい女子高生を捕まえ損ねた。
見初   ……。
過左原   って降田さんが言ってたぞ。
見初   上司?
過左原   まぁな。休んで悪かった。
見初   あの人怖いよ?
過左原   顔だけだって。
見初   そぉお?
過左原   ここに走って突っ込んでくるのはやめとけな。
見初   あんたが休んだのが悪い!
過左原   具合悪くてな。
見初   え、大丈夫なの? 今日。
過左原   寝たら治った。
見初   ならいーけど。
過左原   お。心配してくれたんか?
見初   な訳ないでしょ。
過左原   だなぁ。
見初   ……。

 ★交番の固定電話が鳴る。少し時間を置いて、過左原は面倒くさそうに受話器を取った。しばらく通話をした後、見初の方に目を向けた。

過左原   見初、今日はもう帰れ。
見初   やだ。
過左原   かーえーれ。仕事が入った。
見初   へぇ、めずらしい。
過左原   な。久しぶりだってのに、だいぶ緊急だから。
見初   うん、わかった。
過左原   お、おぉ。
見初   物分かりいいでしょ。
過左原   意外だ。
見初   見直した?
過左原   少しな。明日1巻持ってきてやるよ。
見初   なんの?
過左原   「エイトハーツ」だよっ。ぜってぇ面白いから!
見初   わかったわかったありがと。
過左原   ほら、出るぞ。鍵かけるから。
見初   え、それ持ってくの?
過左原   緊急だからな。
見初   気をつけて、ね。
過左原   心配してくれたんか?
見初   ちょーっとだけ。
過左原   安心しろ。お前こそ気をつけて帰れよ。
見初   うん。

 ★拳銃を腰に据えた過左原はバイクに乗り街の方へと走り去って行く。どうやら近隣の交番全てに招集がかかっているようで、こんな地区の駐在にまで声がかかった。
 その走り去る姿を見初は見えなくなるまで見送り続けていた。それを過左原もバックミラーで確認していた。



【2】人間は空間を潜行している

 ★街は大騒ぎになっていた。阿鼻驚嘆の群衆は、激しく逃げ回っている人と、その場から動かない人とに二分されていた。

十五   世界はすべて固まるべきだ! いいかおまえたち、戦隊ヒーローは悪の組織と戦っている。世界征服を目論む悪の組織だ! だが可怪しくないか? たとえ支配しても、感情までは支配できない。動きだって支配できない。それは世界征服といえるのだろうか! 征服するならとことんやるべきだ! それをしないから奴らは負ける。正義はかならず勝つわけではない! 目的が浅いから負けるんだ。

 ★動かない群衆の中で一人の男が叫び続け、動いていた。そこに一発の銃声が響いた。
この街の残っている警官の一人が発砲したのだった。銃弾はまっすぐ男を目掛けて飛んでいく。狙いは十分定めて、冷静に発砲したのだろう。
 しかし、銃弾は男を貫かなかった。
 男に当たる手前に落下した。銃弾が急ブレーキを踏んだのだ。

新屋   ちくしょう……っ、ちくしょう! なんなんだ奴は!
十五   おっと、勘違いしてもらっちゃ困るわけだが。何も私は世界征服をしようとなどは考えていない! 私は私のしたいことがある。絶対的な目的がある。いいか君。人間は空間を潜行しているだけなんだ。

 ★男が警官に向かい言葉を向けたが、街の警官・新屋は数発、発砲した。同じくまっすぐ男を目掛けて飛んでいく。しかし、また銃弾は落下する。

十五   クソォォォォォ!! また落とした! 違うんだ違うんだ違うんだ! なぜ落とすんだ私よ!
新屋   なんだ、あいつ。
十五   全て……受け止める。

 ★男は警官・新屋の方へ歩き始める。新屋は全弾撃ち尽くすが、男の目の前で落下する。
しかし、一発だけ空中に浮いているのがわかった。

新屋   浮いている……?
十五   空間に閉じ込められている人間は、その空間が動きを止めたらどうなると思うかな?
新屋   何を言っているんだ? いいか、私は弾切れだ。もうどうすることもできない。だが、仲間が今、応援を呼んでいる。よくわかないが絶対に銃弾は当たるはずなんだ!
十五   空間が固まれば、人間も固まるんじゃないのか?
新屋   お前は何がしたいんだ?
十五   空と地面はくっつかない!! 私は空と地面をくっつけよう!
新屋   う、ォォおおおぉぉっっっ!!

 ★新屋はとっさに身体を引いたが、拳銃が空間にくっついていた。そこに手が引っかかり尻餅をついてしまった。人差し指が浮いている拳銃に引っかかったまま、徐々に身動きが取れなくなっていく新屋は最後に力を振り絞り、男の足を軽く蹴る。そこで新屋の動きは止まった。

十五   もっっとだ。もっっっっっっと必要だ。



【3】会社員十五三太

 ★十五三太は一九八六年生まれの三十歳。彼は大学卒業後、「株式会社チャクチャク」の
商品開発部に入社した。そこで接着剤の開発研究を行ってきた。

十五   先輩、これはどうですか? これを混ぜながら、これを煮沸して、乾燥させてからすり下ろすんです。それからこれと……
砂毛   なにそれ……すごい……そんな発想があったのね!
十五   え? そ、そですか?