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藍城 舞美
藍城 舞美
novelistID. 58207
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ギタリストに1輪のバラを 第4回 お見舞いの品は…

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 タクヤがヒサトのベッドに近寄ると、彼は半開きの目で尋ねた。
「誰か来た?」
 30歳になるギタリストはうなずいて言った。
「ああ。女性が尋ねてきた」
 ヒサトはだるそうに上体を起こして言った。
「えっ、女性?どんな人だった?」
 タクヤは含み笑いをした。
「それは言わない」
「何でだよ」
「このアパートの上の階に住んでるから、おまえもいつかその人に会うだろう」
「ええ〜〜」

 タクヤを軽く恨むように見つめるヒサトに、タクヤはラッピングの施されたペールピンクの袋を見せた。
「それでその人、お見舞いにこんなのをくれたぜ」
 ヒサトは驚ききった目でルームシェアメイトを見つめた。
「僕に?」 
「ああ」
 タクヤは軽く笑いながらうなずくと、お見舞い品の入った袋を彼に渡した。
「いやそんな、うれしいな、ほんと」
 ヒサトはほほ笑みながら言った。
「ねえ、これ開けていい?」
「もちろん」
 彼は、うれしそうな顔で何も言わずに袋を開けた。

 中身を出すと、ヒサトは表情も体も固まった。「ひとみ」のくれた品は、ピアノをかたどった陶器のポットに据えられた薄紫色の1輪のバラだったのだ。
「これ…」
 ヒサトが無表情なまま言うと、タクヤが尋ねた。
「何だ。品物が気に入らなかったのか」
 ヒサトは即座に否定した。
「違うよ」
「じゃあ何だよ」
「これさ、僕の夢に出てきたバラにそっくりなんだ…」
「どれ」
 ヒサトはまだプラスチック製の箱に入っている1輪のバラをタクヤに見せた。タクヤは納得するようにうなずいた。
「ははあ、こいつはプリザーブドフラワーだな」
「何、その何とかフラワーって」
 タクヤは得意げなほほ笑みを見せた。
「よく聞いてくれた。プリザーブドフラワーってのはな、特殊な加工を施されて、時がたっても枯れない状態になった花のことだ」
 薄紫色の美しいバラを見つめながら、ヒサトは無邪気に言った。
「へえ、そんなことができるんだ」
「そうだ」

 その直後、ヒサトは視線をすばやくタクヤに向けた。
「ちょっと待って。今、『時がたっても枯れない』って言ったよね」
「ああ、言ったよ」
 ヒサトの鼓動は静かに強まった。そんな彼に、タクヤは再び意味深な笑みを浮かべて言葉をかけた。
「このバラのプリザーブドフラワーをくれた人のメッセージは、おまえ自身で解読するんだ」
 ヒサトはしばしタクヤの目を見たあと、薄紫色のバラを見つめた。


 次の日から、ヒサトはお見舞いにもらったプリザーブドフラワーを眺めることが多くなった。ピアノをかたどった陶器のポットが、ギタリストである彼の脳内で、某自動車のCMでかかる曲のような明るい癒し系音楽を自動演奏している。そのときの彼の顔は、この上なく穏やかだった。
 さらに、ヒサトの夢にも変化が現れた。夢の舞台があの美しいバラ園であることは変わらなかったが、薄紫色のバラが、しおれる前の美しさを取り戻していて、どこからか
「もう一度聞かせて。あなたのギターを」
 という女性の穏やかな声が聞こえたという。


 彼のルームメイトは、こいつ、よっぽどこのプリザーブドフラワーが気に入ってるようだな、と心の中で言うと、おもちゃと戯れるわが子を見る父親のような笑みを浮かべた。