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幻燈館殺人事件 後篇

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* 11 *


 赤碕は湯呑みを三つ載せた盆を持って縁側に歩み出た。
 午後になっても気温は上がらず、日差しは暖かいが風は冷たい。ひゅうと吹く度に思わず身を竦めてしまう。
 赤碕がすぐ傍にまで近づいても、蜂須賀は縁側の外柱に身を寄せて山の端を眺めていた。
「茶、どんぞ」
「では始めようか」
 そう言って茶を一口。
「第一目的は消息が分からなくなっている花明栄助を見つけること。犯人として花明を捜すのではないことを予め断っておく」
 赤碕が頷き、続いて皆川が頷く。
「花明の所在については何の手掛かりもないが、闇雲に捜すつもりもない」
「何か考えが?」と皆川。
「まず、花明が身を隠す理由と身を隠せる場所とを考えてみた」
 身を隠す理由、つまり花明本人の意思で身を隠している理由だ。
 花明は事件に巻き込まれている、という前提の上であれば、何らかの理由で犯人が誰であるかを知ってしまったがために、犯人から身を隠しているということになる。その際、花明が身を寄せることが可能な場所は、九条の幻燈館か民宿川辺かのどちらかだ。
 だが、花明はそのどちらにもいなかった。
「尤も、ここにいる三人の誰かが犯人であった場合にも、教えてもらえないだろうがな」
 蜂須賀は冷然と言った。皮肉でも冗談でもなく、事実としてだ。
 花明が幻燈館にも民宿川辺にもいない。そのことが示すのは、自分の意思で身を隠しているのではないということ。意思に反する、というは、状況によって仕方なく、ということではない。
 つまり、誰かに、犯人か犯人に近しい人物によって、すでに拘束、あるいは殺害されている可能性が存在するということ。
「結論を言おう。花明を見つける一番の早道は、犯人を捕まえることだ。よって、この蜂須賀直哉はたった今から全力で犯人を追う」
 赤碕は息を飲んだ。
 皆川は背中に冷たいものを感じた。
 しかし、二人はともに無言で頷く。その拳は硬く握り絞められていた。
 蜂須賀が茶を口に運ぶと、思い出したかのように赤碕と皆川も茶を口にした。
 三人を包む空気が変わる。
「まずは被害者の行動を整理したい。ここ数日の行動を教えてくれ」
「全てではありませんが」
 皆川はそう前置きをして話し始めた。
 ここ数日の間、被害者が毎日のように幻燈館を訪れていたことが分かっている。当主代行の奇咲蝶子と何らかの話をしていたそうだが、話の内容について奇咲蝶子は一切明かしていない。事件とは関係ない、その一点張りだ。
 事件当日の午前中、朝から昼前までの時間帯に、幻燈館において九条千代との間に口論があったという証言がある。
 次に被害者の評判を尋ねた。
 足利の若き当主義史は、実権のない名ばかりの当主であったこと。屋敷の使用人に対しては優しくも厳しくもなく、温厚とは言わないが決して手が早いわけでもない。そんなどちらともつかない内容ばかりだったという報告が上がっている。
 足利の屋敷には、血縁ではない若い女が一人住んでいる。父親が若き当主に宛がった情婦であり、気に入れば妻に娶ればよい、飽きたならばいつでも追い出せばよい、とそのような関係の女だ。その女との愛憎のもつれが原因ではないかという意見も出されたが、つい先日やって来たばかりであること、どこへ行くにも連れて歩くほどの睦まじさであったこと、村に滞在しており確保が難しくないことなどから、優先度は低くされている。
 現状は、行方が分からなくなっている花明栄助の捜索が最優先となっている。関係者間の名目や胸に秘める思惑などは別として、だ。
「赤碕君は、犯人はまだ村の中に潜伏していると考えていたのだったな?」
「はい。空き家も使われていない納屋もたくさんあります。隠れる場所そのものに不自由はないかと」
「その可能性は高いだろう。死体発見直後に村を出る三本の道に見張りを立ててある。一夜明けて陽が昇った今も村を出た者はいない。昨日のうちに村に入った者が言うには、途中では誰ともすれ違っていない。そうだったな?」
「はい」
「犯人が山に潜んでいれば、夜の寒さで凍死だ。山狩りをしている連中が死体を見つけるだろう。村に残っているならば潜伏場所は限られてくる。空き家に忍び込んだとて、夜には火を焚かねば凍えてしまう。となれば」
「孤立している空き家ですね!」
 赤碕は身を乗り出す。犯人逮捕を目前にしたかのように目を輝かせている。
 蜂須賀は冷静に茶を口に含んだ。
「犯人が余所者、村の外から来た人物であれば、山や空き家に潜むしかない。しかし、村の者や、余所者であっても村に協力者がいれば、村を出る必要もないし、空き家に隠れる必要もない」
「確かに」
 風船が萎むように、赤碕が小さくなっていく。
「それでは、誰かが犯人を匿っているとお考えなのですか?」
 赤碕に代わり、皆川が口を開いた。
「その通りではあるが、そうではないのだよ」
 蜂須賀は湯呑みを盆に置き、縁側の外柱から身を離した。
「犯人は山に逃げたかもしれない。空き家に隠れているかもしれない。それと同じく、のうのうと日常生活を送っているかもしれないし、誰かに匿われているのかもしれない。とまぁ、それだけの話なのだ」
 蜂須賀は、確率の高低ではなく選択肢の有無こそが問題であると言っている。
「茶をもう一杯もらえるかな?」
「あ、はい」
「考え得る全てを潰せば、自ずと犯人に辿り着く。周辺の山はすでに捜索の対象になっているから、犯人がそこにいるのであれば、このまま茶を飲んでいるだけで犯人逮捕の報せを受けることになるだろう。しかし――」
 そこにいなければ――
 蜂須賀は淡々と続けた。
 現在、警察は花明栄助を重要参考人として捜索中。犯人の捜索は村周辺の山を中心に行われている。山の次は村内を捜索するだろう。
 見つかればそれでよし。見つからなければ、村の者が犯人を匿っている、または村の誰かが犯人である可能性が出てくる。もとい、漸くその可能性に気付く。
 犯人がそのときまでに証拠の隠滅と逃走の準備とを終えていれば、警察は犯人に辿り着くことができなくなる。
「山狩りをやっている間は、たとえ逃走の準備が終わっていたとしても、犯人は村を出ることができない。まだ時間はあるが……」
 蜂須賀はそこで言葉を切る。その先にあるのは、花明の身の心配だ。犯人にすれば、生かしておく必要などないのだから。
「とにかく、考えられる可能性を一つ一つ潰していきましょう」
 皆川は最後の部分は聞こえなかった振りをした。
 蜂須賀にはそれが有り難かった。
「村の中を捜すのならば、今のうちだろう」
 蜂須賀は立ち上がる。
 そうして少しの沈黙のあと、重く口を開く。
「それで何も見つからなければ、次は幻燈館だ」

 *

「これはどういうことでしょうか」
「あまり芳しくない状況だな」
 皆川の問いに、蜂須賀はそう答えた。それは紛れもない蜂須賀の本心であったし、客観的な事実でもあった。
 その場所は、村の祭りで使う用具等が保管されている倉庫だ。
 村外れにある空き家へと向かうその道すがら、赤碕が毎年行われている村祭りが今年は延期になっていると言ったことが発端だった。
作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近