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未来は嘘をつく

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ひとり東京の夜のように




初めての外出はとってもほろ苦いものだった。
2年以上も付き合っていた年上の彼女に自分勝手な気持ちで別れを告げた1日だった。
何を言われても、何をされてもいいと思っていたけれど、彼女はそれをしなかった。
病院までの帰り道にそれがとっても辛かった。
一人になってからの僕は松葉づえでたどたどしい足取りでみじめなものだった。
病院に戻ったのは8時を少し過ぎていた。

「あら、やっと戻ってきた。時間過ぎてるわよ。それから森山君いつものかわいい子来てたわよ。ちょっと待ってて。預かりものしてるから」
また神崎ナースだった。いつ、家に帰っているのかわからないほどの勤務シフトだった。
「あっ、すいません。そうなんですか・・ごめんなさい」
小さな声しか出ていなかった。
「はい、これね」
差し出されたのは角川さんからのかわいい布につつまれた手作り料理のようだった。
「すいません。ありがとうございます。時間に遅れてすいませんでした。松葉づえで歩くの遅くって・・」
小さく会釈をしていた。
「戻りが遅れたのは少しだからいいけど、それよりきちんと言っとかなきゃダメじゃない。彼女なんにも知らなかったみたいよ」
周りのナースに気を使いながら珍しく小さな声で言われていた。
「あの子とは、そんな関係じゃないし・・」
思わず声を出していた。
「そんな言いいかた変じゃない?いい子だし彼女・・それにお見舞いにまた来るでしょ?きちんと言っときなさいよー。私が森山君は今度の水曜日には退院よって言ったらすごくびっくりしてたわよ」
同い年のナースになぜか怒られていた。
「あっ、ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないから・・それに今日の外出の事かと思って・・間違えました。彼女何か言ってましたか?」
神崎さんに聞いていた。
「うーん。これといってはないけど・・それより、森山君どうかした?元気なさそうだけど・・松葉づえで歩いて疲れちゃった?それとも、足が痛いの?」
ナースセンターから廊下にわざわざ出てきて心配そうに言われていた。
「大丈夫です。少し疲れたかもですけど・・足は痛くないですから・・」
作り笑顔を見せていた。
「そう・・ならいいけど・・元気ないみたいだから・・めずらしいなっ思って・・」
同い年でも、激務をこなしているナースの神崎さんにとって僕はいつも子供扱いだった。
「はい。大丈夫です。ありがとう」
精いっぱいだった。
「あのね、それから彼女からのメモもそこに挟んであるからね。落とさないでよ。怒られちゃうから・・繰り返すけど、あとできちんと森山君からも彼女に退院の事は言っときなさいよ」
少しきつい口調で言われていた。
「はい、そうします」
返事はしたけど、どんな気持ちで彼女に退院の事を言ってなかったは言わなかった。言えるはずもなかった。
「そうしなさいね。じゃあ渡したからね。病室に戻っていいわよ」
言いながら神崎さんは忙しそうにまた、ナースセンターの中に戻っていた。
僕は角川さんからの贈り物を片手でなんとかさげて松葉づえで病室へ歩き出していた。
角川さんがまた今日も来てくれたことにはびっくりしていた。

病室に戻って角川さんからの小さな手紙をだしていた。
そこには、見覚えのある筆跡で『遅くなってもいいから連絡ちょうだい。それとお腹いっぱいだったら無理して食べなくてもいいからね』って書いてあった。
僕はそれを見てもすぐには連絡を取れなかった。
携帯を取り出し見つめるだけだった。
素直に角川さんが今日も来てくれたことに喜んでいたけれど、すぐにその気持ちを行動に出せるほど僕は強くはなかった。
2年も付き合った女の子と別れてきた日にそれはできなかった。
30分後に部屋を出て、病棟内の携帯使用エリアで『明日ゆっくり連絡するね。今日はありがとう』ってラインで送信するのが精いっぱいだった。
すぐに返ってきた彼女からの返信は『うん。待ってるね』だった。
嬉しかったけれど、文字を見ながら、なぜか涙が少し出ていた。
あわてて病室までもどって独り言で小さく、しっかりしなきゃってつぶやいていた。
窓際まで行って病室のカーテンの隙間から、夜なのにぼんやりと明るい東京の空を眺めていた。
真っ暗ならいいのにって思っていた。僕の決心は東京の夜空のようだった。
しばらくしてからベッドの上に座り込んで角川さんの手作り料理を眺めていた。
気が付けば夕飯も食べてなくてお腹がすいていた。
ぼくはそれをしばらく眺めた後にゆっくりゆっくりと口にしていた。
僕は東京の大きな病院の病棟の個室で一人だった。
こんな大きな建物の中で静かな時間が流れていた。

作品名:未来は嘘をつく 作家名:藤花 桜