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月が、見ている

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秋雨前線とやらが日本列島でうねっているせいで、教室はじっとりと湿って重苦しい。
あたしはここから早く抜け出すことだけを考えながら6限目の授業をやり過ごした。
「起立、例」
 日直のかけ声。ばらばらと頭を下げる、同級生の後ろ姿を1番後ろの席で眺める。
「さようなら〜」
 バタバタ。パタパタパタ。挨拶もそこそこに慌ただしく教室を出ていく足音や、仲良しグループ同士もつれ合うような軽やかな足音。
…あんなにここから早く抜け出したかったのに、私の身体は椅子にへばりついてしまったように重く、だるい。挨拶が済んだのに未だ6限目の授業のノートも畳まず、ぼうっとしているあたしにしびれを切らしたのか、友達のゆうちゃんがきりりとした目をしてこっちの席へ向かってきた。
「美雨」
 何か言いたげに言葉を続けようとしたが、あたしの潤んだ目に気が付くと察したような目をして、黙ったままゆうちゃんはあたしの両手をふんわりと握った。
「ゆうちゃん、あったか…」
 い、までも言い切ることができず、うつむいて肩を震わせると、ゆうちゃんは困った顔で少しだけ笑った。
「美雨、」
「ん」
 ぼやけた視界ごしに、ゆうちゃんと目を合わせる。
「…帰りさ、どんぐりカフェでプリン食べてこ」
 気が付けばゆうちゃんはすっかり帰り支度を終えていて、深緑のタータンチェックの学生鞄を背負い、ネイビーのマフラーをぐるぐる巻きにしていた。
「でも…今日は自主練しようかと思って、」
 テスト期間だから正規の部活はないけど、楽器は毎日吹かないと、口がなまってしまう。吹奏楽部の熱心な部員であるあたしは、いつもならとっくに音楽室へダッシュしている時間だ。かすかに、クラリネットのまろやかな音階が遠くから耳をくすぐった。
「美雨…その顔で楽器吹けるつもり?」
 まじまじと、こっちを見つめるゆうちゃん。楽器を吹くどころじゃない精神状態は、とうに見透かされているようだ。
 あたしが肩をすくめて小さくなると、まったくこの子は何を言い出すかと思えば、とゆうちゃんは苦笑する。両肩をポンポンと叩かれて、すくめていた肩の力がほっと緩んだ。
「無理、吹けない…」
 絞り出した声。半泣きなのがばれそうで、無理やりに口角を上げてへへっと笑ってみた。と、ゆうちゃんは、
「やっと笑ったよこの子は。」
 無理やりなのはばればれだけど。そう付け加えて、あたしに帰り支度を促した。
「あたしはちょっと、カフェに電話してくるから。準備できたら、ここで待ってて」
 窓の外には、雨雲がぎっしり。透明な雫模様が縫い付けられた、先の見えない鈍色の緞帳がどこまでも続いている。
 あたしは数日前に、ひとつのささやかで切ない希望を失っていて。
 そこからいつか立ち直れる日なんて、あの緞帳の向こうに隠れて見えないほど、遠く、遠く思えた。
作品名:月が、見ている 作家名:ひだまり