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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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悲劇的フードコート

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いつも通っているショッピングモールに
新しいフードコートができたので見に行ってみると
『悲劇的フードコート』という名前だった。

「なにかしら……ものすごくマズいのかな」

恐る恐る入ってみると、さまざまに立ち並ぶ店の看板。
それらはどれも"悲劇"を調理している。

一番近くにあった"昔いじめられた牛丼"を注文する。

「見た目は普通の牛丼なのね。
 名前が特徴的なだけだったりして」

一口食べると、頭の中に新しい記憶が作られた。
教室の机に「死ね」などのイタズラ書きをされたりと
自分で自分を同情したくなるような悲しい過去。

「この牛丼! まさか悲劇を血肉にしてくれるのね!」

全部平らげると、それだけで小説が書けるくらいの
悲劇的ないじめの過去が体へと蓄積した。

ちょうどその日は飲み会だったので、
ごくごく自然な流れで自分のいじめられた過去を話した。

「ひどい、本当にかわいそう」
「私にできることがあったら言ってね」
「いつでも力になるわ」

効果てきめん。
みんな私に対して一気に優しくなった。

平々凡々な人生を歩んできた私に悲劇なんてなかった。
だから、これほどの影響力があるなんて思わない。

「悲劇があればみんな優しくしてくれる!
 まさに私の天下だわ! もっと増やさないと!」

その翌日、お腹を減らしてフードコートへやってきた。

"親が離婚した悲劇"
"友達に裏切られた悲劇"
"痴漢に襲われた悲劇"

もうお腹いっぱいでもなお悲劇を詰め込んだ。

「ふぅ……これだけ食べればもっと優しくしてもらえるわ」

フードコートの入り口には
「※悲劇の食べ過ぎにご注意ください」とあるが
そんなことは言ってられない。

フードコートの店は定期的に変わるのだから。
悲劇を食べ損ねてしまったらもう取り返しがつかない。

「実は私……両親が離婚しているの……。
 新しい親に引き取られたら、その親が暴力をふるって……」

「そうなんだ、かわいそうに」
「困ったら私の家に来ていいからね」
「お金に困ったら私を頼って」

悲劇が増えるたびに、自分の生活はよくなっていく。
友達からの支援もどんどん手厚くなっていく。

私はますますフードコートに通う頻度が増えた。



それからしばらくして。

「ねぇ、今日女子会しない?」
「あーーごめん」

「ちょっと話さない?」
「今忙しくって」

「今度ランチしようよ」
「今度ね……今度……」

悲劇を披露する場が失われたばかりか、
こちらから誘ってもほぼ断られるようになった。

これもひとつの悲劇として嬉しく思えたのは最初だけで
今ではフードコートで悲劇を貯めこむばかりの毎日。

いつまでたっても話して優しくしてもらえる日は来ない。

食べて。
食べて。
食べて。

悲劇は蓄積されるほどに、自分の日常も灰色にくすんできた。
それに気づいたときにはもう手遅れだった。

「はぁ……なにやっても楽しくないわ……」

悲劇が幸福の足をひっぱり、日々を楽しめない。
寝るときに思い出されるのは偽造した過去の記憶ばかり。


※悲劇の食べ過ぎにご注意ください


「あれは……お腹いっぱいにならないようにって意味じゃなくて
 悲劇を摂取しすぎてしまうと、
 日常が汚染されてしまうってことだったのね……」

悲劇的に彩られた私の日常はもう限界。
"死"という結末がいつも頭にへばりつくようになった。

 ・
 ・
 ・

「……というわけで、
 私はこの人生相談所に来たんです」

「なるほど、よくわかりました」

これまでの流れと、私の抱えている悲劇のすべてを話した。
人生相談所の人は静かにそれを聞いていた。

「私はどうすればいいですか!?
 もう私の人生は悲劇ばかりなんです!
 どうしようもない! もう死ぬしかないんです!」

「いいえ、あなたは絶対に死にませんよ」

「はぁ!? どうしてですか!
 こんなにも悲劇を抱えてしまったら幸福なんてないのに!」

人生相談所の人はにこりと笑った。

「悲劇を話している時のあなたの顔、ずっと笑顔でしたよ。
 可愛そうな自分を見てほしくてたまらない人が
 そうそう簡単に死ぬわけないでしょう?」