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拝み屋 葵 【参】 ― 西海岸編 ―

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 *  *  *

 シャンパンを一息に飲み干した葵は、空になったグラスをまじまじと見つめた。
「上品な味やけど、ウチには合わへんわ」
「全くだよ」
 ジョーも一気に飲み干して、それに同調する。
「併せる必要はないんやで?」
 ジョーが言おうとした何かを飲み込んでしまったことを見逃す葵ではない。
「なんや、ちゃんと気付いてはるやんか」
 相変わらずぎこちない笑みを向けてくる男に、何を伝えるべきかを探した。
 探して、探して、探し尽くしたその結果、何も伝える必要がないとわかった。
「ジョー」
 自分の名前が呼ばれたことに単純に驚く年下の男を、カワイイと思った。
 しかし、恋の対象にはならない。何が問題なのかと問われたならば、葵は間違いなくこう答える。
「ウチは、おバカさんやから」
 ジョーは、またしても言おうとした言葉を飲み込んでしまった。
 何故、想いを言葉にして伝えられないのか、二人ともその答えを知っているのだが、二人は決定的に違っていた。
 一方は悟り、一方は目を逸らしている。

 過ぎたるはなお及ばざるが如し。

 綺麗事で塗り固められているのだと分かっている。
 無理強いをして方向転換させているのだと分かっている。
 堅苦しすぎる生き方なのだと分かっている。
 そんな生き方以外を知らない自分が偉そうに何を言えたものか。

 時折、葵はその溝に嵌ってしまう。一度嵌ってしまえば、抜け出すまでに相応の時間と労力を必要とする。
 だからこそ、正反対でありながら同じ道を往くこの男の幸福を祈らずにはいられない。たとえそれが自分自身に宛てた応援でしかないとしても。

 葵はこの出会いに感謝する。
 長い人生において、ほんの些細なことでしかないけれど、互いに何かを得ることができたのなら、分け合うことができたのなら、生み出すことができたのなら、それは奇跡と呼ぶに相応しいものだ。

「あんじょうしいや」

 会場から流れ来るスローバラードに乗ったその言葉は、二人の隙間を抜けてどこまでもどこまでも響いていくのだった。

 *  *  *

「チークタイムやで」

 本気とも冗談とも取れない誘い文句は、それが当然なのだというようにジョーの中に溶け込んだ。
 気が付けば手を握り、もう一方は腰に回していた。
 相手の温もりが伝わってくる。
 ジョーは、葵の首の後にうっすらと残った傷跡を見つけてしまった。密着するほど近づいて初めて気付いた。身体のあちこちに刻まれた傷跡に。
 ジョーの手にすっぽりと納まってしまう小さな手で、どれほどの苦難を乗り越えてきたのだろう。
 折れそうなほど細い腰。こんなに華奢な身体で、いままで何に立ち向かってきたのだろう。
 どちらについても、ジョーには想像することしかできない。
 彼女は陰陽師。拝み屋だ。
 自分とは、何もかもがあまりにも違いすぎる。

 ジョーが放そうとした手を、葵が握り留める。
 それはダメだという彼女の意思。
 何をダメだと言われたのか、ジョーは理解している。
 手を離そうとしたことではない。すべてにおいて引っ掛っていたもの。

 “自尊心”

「踊り方なんて知らない」
「ウチもや」
 互いに歯を見せて笑いあう。それがマナー違反であろうとも、それを咎められるものは存在し得ないように思えた。
 星空のテラスで踊る二人は、何物にも例えられない。

 曲が変わる。
 ミディアムでメロディアスな歌声が耳に付く。
 ジョーは曲名を思い出さないことにした。そうしなければ、満場一致で人生における悲しい思い出の曲ナンバーワンに決定してしまう。

「ほな、ウチ行くわ」

 赤いドレスに身を包んだ美しい乙女は、振り返ることなく去っていった。
 ジョーには呼び止めることなどできるはずもなかった。
 帰らないでくれなどと、一緒にいようなどと、言えるはずもない。
 言ってしまえば答えが返ってくる。答えを知ってしまうことになる。
 知ってしまうことで何もできなくなるぐらいなら、何も知らぬ馬鹿のまま思い出として楽しんだ方がいいに決まっている。知った風な顔をして笑う奴がいたら、一緒になって笑ってやる。何も知らない馬鹿の顔で、笑ってやる。
 ディマジオのようになれはしない。そんなことはとっくに知っていた。

 午後九時を報せる鐘が鳴った。
 ジョーはピルケースから取り出した錠剤を口に投げ入れた。
 葵の顔が脳裏に浮かんで何となく吐き出したが、すぐにもう一錠取り出して、それを口に放り込んだ。


          ― 『Flower of an hour』 了 ―