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竜が見た夢――澪姫燈恋――

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 引きずるのではなく、背負って。ただ彼らの想いを、誰かに知られることがないのだとしても、この世に少しでも長く留まらせたいからと。
「……どこで、生きる?」
 戒の話を聞いてなお、戒を罪人として断罪できるものが部族にいると、剛野は思えない。
 また、戒が罪人でないほうが部族にとっては都合がいいことも剛野は知っている。それほどに戒の人望は厚いから。
 彼個人としては、このまま戒の望むように生きさせてやりたいとも思うのだが。
 そんな師の思いを知ってか知らずか。戒は穏やかな眼差しで、しかし決然と告げた。

「ここで」

「……!」
 ゆっくりと、静かに見開かれる瑠璃の眼差し。
 しかしそれまで静かに動向を見守っていた巫女に注意を払うものはなく、彼女の神以外は誰も気づかなかった。
「私がお守りするべき巫女殿のお傍で、彼女の守として」
「――っ、どうして!」
 蘇芳が叫ぶ。戒への想いのこもった声音で。想いゆえに盲目となった少女は、ただ自分の願いを叶えたくて叫ぶ。
「戒さんが望めば守の任から解放されるんでしょ!? 『意思ならばともかく』ってそういうことでしょ!!」
「瑠璃殿の守として生きることは私の意思です」
 ひゅっ、と。
 息を飲んだのは二人の少女のうち、果たしてどちらか。

「瑠璃殿をお守りする。これが私の意思です」

 急に。
 世界が遠くなった。
 瑠璃の頭の中で戒の言葉が繰り返し踊る。彼は何を言っている?
 戒が彼女の守であるという言葉が方便だと、他の誰でもない男自身が知っているはずなのに。
 部族へ戻るにしろ旅に出るにしろ、ここからいなくなるものと思っていた。留まるはずがないと。なのに……。
「なにを……何を戒さんに言ったのよ!」
「……」
 自分へと向けられた激しい語調で我に返った。
 蘇芳と呼ばれていた少女が激情を宿した眼差しで瑠璃を見ている。もし視線だけで人が傷つけられるなら、あるいは瑠璃は。
「巫女だからなにっ? なんの権利があって戒さんを私からとりあげるのよ!!」
「……」
『――言葉は選べ、小娘が』
 絶対者である神の声も蘇芳には届かず。されど少女の言葉を止める術を瑠璃が持っているはずもない。蘇芳が抱く激情を、瑠璃は知らないのだから。
 ただ一つ思ったのは。
 戒は蘇芳のものではないという、事実だけ。
「あんたが……!」
「それ以上の暴言を我が主に吐くようならば、私も容赦はしないが」
 言葉よりも雄弁な、空気。戒が放つそれは、紛うことなく殺気と呼ばれるもの。
 己の決意を裏切らぬその態度を見て、蘇芳は泣くように顔を歪め、瑠璃は小さく動揺した。
 そして剛野は、不謹慎にも安堵した。
 自分のことを二の次にしてしまいがちな弟子が、自分のために守りたいものを手に入れたことが分かったから。
 彼が生きる場所は確かにこの地なのだと、悟ったから。
 戒を刺激せぬように動き、剛野は蘇芳の背後に立った。そして数瞬の間もおかずに彼女の意識を奪う。他の者たちの動揺には一切構わず、彼は初めて心からの敬意を込めて口を開いた。
「この地の空気を乱しましたこと、心よりお詫び申し上げます。またこの娘の無礼を、どうかお許しくださいませ」
『許せ、とはずうずうしい願いだな』
「確かに。ですが私はこう願うより他の術を持ちませぬ」
 水の竜はつまらなそうに目を細めた。それからちらりと瑠璃に視線を流す。
『まぁ良い。そのような小娘の言葉に傷つく心を、我が巫女は持っておらぬ』
 もてていない、と言うが正しいかもしれない。
「この地に我らが探した咎人はおりませぬ。故に我らは速やかにこの地より去ることをお誓い申し上げます」
「……道中、お気をつけて」
「もったいないお言葉にございます。――水の竜の巫女殿」
 虚ろを宿す瞳を見上げる。その奥に、揺らぐ感情をあると信じて。
「貴方様が守に選ばれた男は、私の自慢の弟子にございます。どうぞご安心を」
「……」
 師の言葉に、戒はただ黙礼を返した。
 招かれざる者たちが去り、宮に仕える者がそのことを村人たちに伝えに行って。
 残されたのは巫女と罪人と竜。