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その目に魅せられて

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ベッドで、一回戦を終えると、田中の額から汗が滝のように流れた。
「疲れた?」とサラは耳元で囁いた。
「いや、そうでもないさ」と軽く答えた。
「じゃ、もう一度やる?」
「今日はよそう」と田中は下着をはき始めた。
 サラの体は火照っていた。その火種をまだ体内に宿しているかのようだった。
「何か食べる?」
「じゃ、サンドイッチは出来るかい?」
サラは下着をはいて台所に向かった。

 田中はサラとの関係は遊びのつもりだった。それ以下でもないし、それ以上でもない。東京に帰れば、上司の紹介した娘マチコと結婚する。彼女はチビだが、心根は優しい金持ちの娘である。特別に惚れたというわけではない。むしろ、一片の恋心がないといった方が正しいかもしれない。しかし、将来を考えた場合、それが得であることは明白だった。苦労せず最大の利益を得ること、これが彼の生き方であった。

夏になり、田中はホテルを引き払い、サラの部屋から会社に出勤するようになった。そして初めて抱いたときから三か月が過ぎた。
「サラ、君を愛しているよ」
「本当? わたしも」とサラは抱きついた。
「私を裏切らないで」と耳元で囁いた。
「裏切ったら?」
「あなたに噛みつくかもしれない」
「まるで、蛇みたいだな」
「そう、私はとても執念深いの」
「君は今何をして生計を立てている?」
「モデルのアルバイトをしたり、英語を教えたり、色々をしているの」
  確かにモデルに相応しいからだつきだった。見事に盛り上がった乳房、ウェストは引き締まっていて、尻の形もいい。足はカモシカのように細く長い。
「君を離したくない」と抱きしめた。
「本当?」
「僕が嘘をつくと思っているのかい?」
「子供ができたみたい?」
「本当か?」
「嘘をつくと思う」
「分かった。君を幸せするよ。その前に東京に戻らないといけない」  
ある意味で、田中の人生は嘘で出来ていた。実際より自分を大きく見せかけて、上手く世渡りしてきたのだ。そのために多くの嘘もついてきた。全て丸く収めるためにやむをえないと信じてきた。丸く……丸くとはどういう意味だろう?
一通の手紙が入った封筒を残して、東京に田中は戻った。
封筒には堕胎費用として五十万が入っていた。手紙には『君と結婚する気はない。子供を下ろして、ほかにいい男を見つけろ』と書かれていた。

東京に戻ってきて、田中は夜ごと、サラの夢を見るようになった。その夢を見ると、なぜか金縛りにあうのだ。忘れよう、忘れようとすればするほど、頻繁にその夢を見るようになった。

田中は許嫁のマチコと会った。
「顔色が悪いわ」
「気のせいさ」
「痩せたみたい?」
「そうかな、最近、仕事が忙しいからだろ」と田中は顔をそむけた。
「そう」と不審な目差しを田中に向けた。
「ねえ、横浜に行きましょう」
「いつ?」
「明日」
「急だな、それは」
「無理なの?」
「接待ゴルフがあるんだ。千葉でね」
「断れないの?」
「うちの得意先の大手の電気メーカーだ。断るわけにはいかない」
「そう、父と一緒ね。でも、男が仕事に打ち込む姿はとても好きよ」
「君は父が好きかい?」
 マチコはうなずいた。田中は父が大嫌いだった。いつも酒を飲んで暴れて、気に食わないことがあるすると、いつも母にあたってぶん殴った。
「タケオさんは?」
 田中はためらった。
「嫌いなの?」
「特別に好きではないさ」
「あなたって嘘つくのが下手ね」
「どういう意味だい?」
「私は大学で心理学を学んだことがあるの。だから他の人より、嘘を見抜くことができるの」
「僕が嘘をついているとでも?」
「そんな気がするの?」と悲しげな顔をした。
「なぜ、嘘をつく必要がある!」と田中は大声を張り上げた。
 余りの大声でびっくりして、マチコは泣き出した。
「ごめんよ」とその肩を抱いた。
今夜はベッドに誘おう。女はベッドで仕込むものだ、という考えが田中にはあった。
ベッドでは、マチコは淡々としていた。何の喜びも田中にもたらさなかった。今後二十年、いや三十年続くかと思うと、田中はぞっとした。ある程度の地位についたなら離婚しよう……

 札幌にいた同僚が出張で東京に来た。
「君が付き合っていたあの女性自殺したぜ」と同僚が言うと、
田中は、「女性となんか付き合っていなかったよ」ととぼけた。
「嘘を言っても無駄だ。君が五番街で歩いたのを偶然見たんだ。君が一緒に暮らしていたのも知っている」
「後をつけたのか!」
 田中はその男のネクタイをつかんだ。
「離してくれ!」
「そのことを誰かに話したのか?」
 男は首をふった。田中はようやくネクタイを離した。
「彼女はどうした?」
「新聞で知ったんだが、彼女は自分の部屋に火をつけた。君が東京に戻った三日目の夜だ。ちょうど、乾燥した日が続いたから、アパートは全焼だった。でも、不思議なことに彼女の死体はとうとう見つからなかった。焼けて消えたのかもしれない」
そのとき、 田中はベッドの中でサラと交わした会話を思い出した。

――「死んだら、人の魂はどうなるのかしら?」
「ふん、人は死ねば土に帰るだけさ」
「即物的なのね」
「事実さ」
「事実かも知れないけど、真実じゃないわ」
「君は真実を知っているのかい?」
「死ぬと、人は神の国に行くの。でも、神の国にいけない魂もある。未練がある魂は、ずっとこの世をさまよう」
「どこにある、その神の国は?」
「ここにあるの」と彼女は田中のハートを指で示した。
「君はクリスチャンか? それともイスラム教徒か?」
「私はクリスチャンよ。神はいると信じている」
「馬鹿馬鹿しい、魂も、神の国も、ない。この地上のどこにもない!」と田中が毒づくと、サラは悲しい顔をした。――
 サラの魂が神の国に行けずにさまよっている。そんな恐怖に襲われた。

西田が怒りを露にして田中のアマンションにやってきた。
ドアを開けるなり、西田は怒鳴った。
「君は嘘をついた!」
「何を言っているんだ」
「嘘をついたうえに、サラを死に追いやった」
「何を根拠に……」と田中の声は怒りでふるえている。
「見ろ! この記事を見ろ!」
 西田は地方紙を投げ出した。そこにサラが自殺したことが書いている。
田中は「静かにしてくれ。お願いだから」と部屋に上がらせた。
「なんてことだ。こんなに恋しいのに……君にそそのかされて、東京に帰るべきでなかった。君は一生呪われる」
「呪われる? なぜ? 彼女は自分で死んだ! この俺は何もしていない」
「君は嘘をついて、彼女をもてあそんだ」
「ふん、彼女だって楽しんだ筈だ。彼女も子供ではない。それに彼女は生娘ではなかった」
「君は下劣な人間だ」
「君のように育ちが良くない。それは認めよう。ただ生きるために必死だけだ。そのために嘘もつく。君のように資産家の家庭に生まれ、君のように気儘に遊んで暮らせるなら、君子のように生きられるけどね」
「君は可愛そうだ……一生呪われる」
「哀れんでくれるのか?」
 西田は悲しげに首をふった。
作品名:その目に魅せられて 作家名:楡井英夫